三島由紀夫の名言3 「過去の自分に不満のあることが、進歩の証拠だと思うなら…」

2021/08/23 ・ 日本文学 ・ By 秋山俊

私はこうして文章を書いてますが、去年書いた文章は全て不満であり、いま書いている文章も、また来年見れば不満でありましょう。それが進歩の証拠だと思うなら楽天的な話であって、不満のうちに停滞し、不満のうちに退歩することもあるのは、自分の顔が見えない人間の宿命でもあります。

三島由紀夫『文章読本』

人間は「停滞」を嫌うことはできるし、むしろ嫌わずにはいられない。しかし「変化」した先に、好ましい結果がある保証などどこにもない。「進歩」は人間の偏った見方が生み出す、「変化」に対する解釈の一つに過ぎない。それは後から振り返れば「退歩」かもしれないのだが、人間は自分の変化を不自然なほど前向きに捉えがちだ。

一世を風靡した作家でも、どこかで、作風を大きく変えてしまうことが多い。読者は「昔みたいな作風が好きだった」とか「あの作家は終わった」と口々に言う。しかし作家のようなクリエイティブな人間は、いつまでも同じことを繰り返すのに耐えられないのだ。無理に同じ地点に居座ろうとすると、自己模倣という、過去の自分の粗悪品になってしまう。

三島は、変化の結果として「趣味が悪くなってしまうこともある」と語る。

自分の文章の好みもさまざまに変化して行きますが、かならずしも悪い好みから良い好みに変化してゆくとも言い切れません。

「作家は停滞に耐えられない」と書いたが、たまに耐えられる作家もいる。それこそ50年くらい、ずっと似たような作風を延々と続けられる作家もいる。私は嫌味ではなく、これも1つの才能だと思う。創作家というより職人の天分を秘めている。

ずっと同じことをやってるのが好き。少なくとも飽きない。伝統を守るのに向いているのはこういう人だ。

変化を宿命とする人間に対し、文章の最後で三島はこう締めくくる。

それでもなおかつ現在の自分自身にとって一番納得のゆく文章を書くことが大切なのであります。

(ヘッダー画像:三島由紀夫『文章読本』(『三島由紀夫全集 28 評論4』新潮社,1970))

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初版:2021/08/23 ―― 改訂: 2021/08/24

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