ニーチェは詩人である / 萩原朔太郎『ニイチェに就いての雑感』

2020/09/14 ・ 日本文学 ・ By 秋山俊
フリードリヒ・ニーチェ

『ニイチェに就いての雑感』は、詩人・萩原朔太郎が「ニーチェ=詩人」という切り口から試みた評論であり、哲学論であり、詩論であり、同時にまたそれ自体が散文詩でもある。この随筆には、朔太郎の種々の芸術観が表れており、彼の作品を理解する上でも必読と言える(著作権切れで無料で読める)。

ニイチェほどに、矛盾を多分に有した複雑の思想家はなく、ニイチェほどに、残忍辛辣のメスをふるって、人間心理の秘密を切りひらいた哲学者はない。ニイチェの深さは地獄に達し、ニイチェの高さは天に届く。いかなる人の自負心をもってしても、十九世紀以来の地上で、ニイチェと競争することは絶望である。

萩原朔太郎『ニイチェに就いての雑感』
(以下同様、また引用内の太字は編者によるもの)

「ニイチェの深さは地獄に達し、ニイチェの高さは天に届く」――冒頭から朔太郎の詩的言語が爆発だ。ニーチェをべた褒めする萩原朔太郎。最も賛否両論激しい彼の『氷島』は、那珂太郎から「ニーチェから影響を受けすぎている」と批判を受けたほどである。

萩原朔太郎

朔太郎は詩人であるため、ニーチェの言葉の感性の鋭さを見抜き、哲学者である前に、あくまで詩人であると形容する。

ニイチェは詩人である。何よりも先ず詩人である。

アフォリズムは詩である。故にこれを理解し得るものも、また詩人の直覚と神経とを持たねばならない。そこでニイチェを理解するためには、読者に二つの両立した資格が要求される。「詩人」であって、同時に「哲学者」であることである。純粋の理論家には、もちろんニイチェは解らない。

朔太郎はさらに、日本人はもともと哲学をするような民族ではないのでニーチェを理解できず、日本人でこれまでまともにニーチェを理解したのは芥川龍之介くらいだと評する。

特に「歯車」と「西方の人」の中には、ニイチェが非常に著るしく現れて居り、死を直前に凝視していたこの作者が、如何に深くニイチェに傾倒して居たかがよく解る。

芥川とニーチェの関連性については、現在では研究が進んでいるが、恐らくこれはかなり初期になされた「芥川とニーチェ」論ではないだろうか。朔太郎は、芥川の死に際してもかなり長文で彼との思い出を述懐している。

芥川龍之介

ここで朔太郎の論は「哲学とは何か」「日本人ではなぜニーチェが誤解され、(一時)廃れたか」という哲学論へと進む。

人々はただニイチェの名前だけを、ジャーナリズムのニュースで知ってるだけで、実際には一頁のニイチェも読んでは居なかったのだ。

日本の詩人や文学者は、一般に言って「哲学する精神」を所有して居ない。そしてこれが、ニイチェを日本の理解からさまたげてる最も根本の原因である。

真の意味の哲学者とは、哲学を学問する人のことでなくして、哲学する精神を気質し、且つメタフィヂックを直覚する人のことである。即ち真の哲学者とは、所謂「哲学者」の謂でなくして「詩人」の謂である。[…]ところが日本の文壇には、その哲学者が甚だすくないのである。日本人は昔から「言あげせぬ国民」であり、思考したり哲学したりすることを好まない。日本の詩人は、芭蕉、西行等の古から、大正昭和の現代に至るまで、皆一つの極つた範疇を持って居る。その範疇というのは、単に感覚や気分だけで、自然人生を趣味的に観照するのである。日本の詩人等は、昔から全く哲学する精神を欠乏して居る。そして此処に詩人と言うのは、小説家等の文学者一般をも包括して言うのである。

また朔太郎は、全体としてはニーチェの純粋な詩篇についてはあまり評価しないが、「「寂寥」の如き詩は、その情感の深く悲痛なることに於て、他に全く類を見ないニイチェ独特の名篇である。これら僅か数篇の名詩だけでも、ニイチェは叙情詩人として一流の列に入り得るだろう。」と述べている。

そしてこの「寂寥」こそは『氷島』の「漂泊者の歌」などに繰り返し出てくる1つのキーワードであり、『氷島』がニーチェから強い影響を受けているという批評をも裏付けているのだ。

朔太郎は『初めてドストイェフスキイを読んだ頃』の中で「僕はポオから「詩」を学び、ニイチェから「哲学」を学び、ドストイェフスキイから「心理学」を学んだ。」と語った。朔太郎の文学観をさらに知るためには『初めてドストイェフスキイを読んだ頃』も読むといい。

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投稿: 2020/09/14 ― 更新: 2020/09/15
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