酒場で女たちに有り金を持ってかれる萩原朔太郎 / 『氷島』「珈琲店 酔月」

2020/09/14 ・ 日本文学 ・ By 秋山俊

当時破滅的な精神状態で生活していた萩原朔太郎が、雑然とした珈琲店で酒に溺れる様子を詠った詩。

坂を登らんとして渇きに耐えず
蹌踉として酔月の扉(どあ)を開けば
狼籍たる店の中より
破れしレコードは鳴り響き
場末の煤ぼけたる電気の影に
貧しき酒瓶の列を立てたり。
ああ この暗愁も久しいかな!
我れまさに年老いて家郷なく
妻子離散して孤独なり
いかんぞまた漂泊の悔を知らむ。
女等群がりて卓を囲み
我れの酔態を見て憫みしが
たちまち罵りて財布を奪い
残りなく銭(ぜに)を数えて盜み去れり。

萩原朔太郎
『氷糖』「珈琲店 酔月」
  • 蹌踉:ふらついている様。そうろう。
  • 狼藉:物が散乱している様子。ろうぜき。
  • 暗愁:いい知れぬ憂い
  • 罵りて:騒ぎ立てて

「のどが渇いたので、ふらふらと珈琲店のドアを開けたら、乱雑な店内は、雑音混じりのレコードが鳴り響くような有様だった」

「小解」によれば、この酔月のような珈琲店は、場末のどこにでもあるような空間であるらしい。最後の「女等……」から後の情景が、酒場に出向かない自分にはピンと来なかったが、この箇所は娘の萩原葉子が著した『父・萩原朔太郎』に出てくる以下の場面が、そのまま当てはまると思われる。

父はそのとき顔を挙げると、急に思い出したように、たもとに手をつっこんで大きな口金付の皮のガマ口を出して勘定を払った。それからざらざらとテーブルの上に、残りのお金をみんな空けてしまうように落とした。五十銭銀貨や十銭銅貨が重なり合ってガマ口から落ちた。「みんなで分けてくれ」と父がいうと、まわりに集まった女の人達の「ありがとうございます」という声と一緒に、たちまち白い手がそこに集まり、お金は一瞬にして、テーブルの上から消えてしまった。

この2人の人物の述懐の一致は作品の持つリアリティを一段と高め、詩であると同時に破滅の日記文学でもある『氷島』全体の価値を裏付けている。

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投稿: 2020/09/14 ― 更新: 2020/09/17
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