私の散歩趣味

2020/05/22 ・ 雑記 ・ By 秋山俊

私は生来の探索好きで、自分が新しくうろつくようになった場所というのは、早い段階で大通りから小道まで制覇しておかないと落ち着かない。自分が知らないエリアが残っているのは、何となく未消化でもったいない気分になるのだ。

そういうわけなので、私はとにかく歩くことが好きだ。2-3時間くらいなら、歩き続けることに全然抵抗がない。すぐ乗り物に乗りたがる人間と行動を共にすると、「歩くのに疲れた」と言われることがままある。

私の性質というのはこうだ。「地元」を拡大していくことに興味がある。単に目的地までの最短距離を歩くだけでは、まるでその土地を知っていることにならない。この道とこの道が繋がっていて、あそこにはあの店があって、向こうに行けば意外にもあの地区へ出るのだ……そういう、地域を立体的に捉える感覚を持ちたいと思っている。

そうして、新しい場所を探索したら、日を置きながら同じ地区を、ルートを変えながら探索していく。意識して知らない小道を歩き、地元の住人しか通らないような路地も踏破する。物事を記憶するのと同様に、多少の時間を空けながら繰り返し回ることで、その土地が脳に馴染んでいき「知っている場所だ」という感覚が強くなっていく。こうして動物がテリトリーを広げるかのように、自分の「地元」を拡大していくのである。

長く住んでいる場所でも、自分の家から同心円を描いて地図を眺めれば、行こうと思えばいつでも行けるほど近いのに、まるで外国のように全く知らない土地というのが必ず存在するものだ。実家の周りを今挙げた方法で制覇していったとき、長く住んでいた家のすぐ近くなのに、まるで100kmも離れた場所のように土地勘が働かない場所があったのは、なんとも不思議な感じがした。

このように単に歩くだけでなく「地元化」するように、何度もしらみつぶしに探索していくと、半径2kmくらいを制覇するにも、少なくとも数ヶ月はかかる。しかしここで急いで探索する理由は全く無い。これは純然たる趣味であり、誰かと競っているわけでも、国家試験が待ち受けているわけでもないのだ。無意味なことだけが真に純粋な趣味になれる。

何となく雰囲気が好きな住宅街などを繰り返し歩いていると、ふと、そのマンション全体の構造や、そこの住人の暮らしぶりが気になることがある。彼らにとってこの家はどういう住処なのだろう?最近気になるのは学校だ。別に私は自分の学生生活が恋しいわけでもないし、同窓会にも一度も出席したことはない。私が興味を持っているのは、それぞれの学校固有の「宇宙」である。それぞれの学校特有の教室配置とか、校内ルールとか、伝説とか、そういったものが集まり、1つのユニバースが形成されているはずなのだ。この学校にはどういう校風やローカル・ルールがあり、部活は何が盛んなのか。それはまるで、1つの見知らぬ部族の村落のようだ。自分が全く関与しない校舎のことに、私は格子越しに思いを馳せる。

他人の住居にしろ、学び舎の内部にしろ、時々、自分が透明人間のようにうろついて中を覗けたら楽しいだろうと空想する。土地を歩きながらそういうことをしているだけで、何年であろうと楽しめそうだ。こういう趣味を持っている人間なので、私は死後幽霊になるとしても、さほど退屈しないだろうと考えている。

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投稿: 2020/05/22 ― 更新: 2020/08/25
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