君の名は(人生万事嘘八百)

ジュゼッペ・アルチンボルド、四季シリーズ『春』,1563年

出されるはずだった手紙に書かれていた言葉。

「君にはすっかり騙された。君に騙された僕は大バカだ。表面的な素振りから本質を見抜けず、勝手に物語をでっち上げては虚像に向かって奮戦し、踊って倒れた僕の名はドン・キホーテ。

君は人からよく信頼される。それというのも、君の見た目が華やかだからだ。顔の造形のことだけではない。身振りの一つ一つに、なんとも言えない愛くるしさがあるのだ。人はそんな君を一目見るや信頼する。きっと僕らの抱える本能がそうさせるのだ。

君の名はのっぺらぼう。今ではすべて偽りと分かっている。君もまた、そう仕草することで、人から無条件の信頼を勝ち得ることを、本能的に知っているのだ。そうして多種多様な顔を覗かせるが、それができるのも、実は君には顔がないからなのだ。顔がないから、どんな凹凸の仮面でも自在に着脱できるのだ。君の豊かな表情の下に隠れた無貌を発見したときは、心底から戦慄したよ。

そうして君は偽りの表情を帯びたまま、かぐわしい息を吐いて言葉を飾る。周囲の人間が自分に抱くイメージにすり寄った、相手の思い込みに都合の良い態度を投げかける。

君の名は言葉なぞり。君には、君の言葉が存在しないのだ。全て借り物だ。君の人生の中で拾い集めた他人の言葉を、その時々に応じて最適に選択し、読み上げているに過ぎない。恐らくは、君の心の中に悪魔の辞典があって、それを朗読しているだけなのだ。君の言葉はいつも空疎だ。からっぽだ。言葉の中に君の精神が存在しないのだ。

しかしそれに勘付きながらも、それでも僕は、愚かにも君を応援しようとした。君のやっていることを陰ながら支援しようとした。

だけどね、僕は見つけてしまったんだよ。まさに君を手助けしようとする行為によって、君の不正を発見してしまった。僕の中で何かが壊れた。頭の中にある君の肖像がグニャリと歪み、そいつがこらえきれない様子でゲタゲタ笑いだし、舌を口から突き出してのたうち回らせ始めた。

君の名は大嘘つき。やっとその時分かったよ。ああ、そうか。これが君の本性なのだ。君は、君を信じる全ての人を裏切った。

僕は二人きりの時間を作って、君のやったことを全て知っていると言った。今更、君の改心を求めたわけではない。そうすれば、君が正体を暴かれた妖魔のように、その本当の顔を、決して表には出さなかった真実の顔を出すのではないかと思ったからだ。見たい。気さくを装う君が決して他人に見せない本当の顔。無貌のその奥に何がある?それを見ることで、僕は初めて君と本当の意味で対面できる気がしたのだ。

いや正直に言おう。僕は心の奥底で、密かに君の涙を期待した。君の心の奥底に眠っていた本物の美徳が溢れ出し、涙を流して全てを認め、謝ってくれることを期待したのだ。

思えば僕も若かった。愚かだった。無知だった。そんなこと、起こるわけがなかった。

君は十字架を前にした悪魔のように、僕の言葉を全て無視した。そんなの何かの間違いだ。嘘だ。デタラメだ。次に無視では凌げないと悟ると、今度は君は、僕がとても疲れてるのだと言い出した。僕を疑心暗鬼に陥った哀れな人間だと言い出し、全ては誤解なのだとまくし立てた。秘蔵の悪魔の辞典をめくらめっぽうにめくっていき、口先から出るあらゆる虚妄を弄して、僕の信じたくなる紛い物の物語を作り出そうとした。

僕は君にそう言われれば、君を信じたくなる誘惑に屈するかもしれないことが分かっていたから、とっておきのハッタリをかました。君の全ての嘘が瓦解する決定的証拠がちゃんとある、と。それは僕の賭けだった。言葉以上には、僕の出せるものは何もなかった。証拠はとっくに消滅していた。

しかし誘惑はピタリと止んだ。君はいそいそと身支度を始めた。そして会えて良かった、また会う機会があったら沢山話そうと、もはや何の意味も成さない、お得意のがらんどうのフレーズを、照準の狂ったレシプロ戦闘機のようにデタラメに飛ばしながら、そそくさと帰っていったね。この時ばかりは君も壊れていたんだ。

この文章を読むとき、君は既に遠い空の下にいて、新たな生活を始めているのだろう。そしてそこでも相変わらず、周囲に空っぽの言葉を振り撒いて、人々に愛されながら要領よく生きているんだろうさ。

君が一つのことを成し遂げたという話も聞いた。そしてそれは、君が周囲の全てを裏切って手に入れた、あの栄光がキッカケだったんだ。

君はこれからも成功するかもしれない。既に成功者と称える人もいるだろう。

でも君はただの人間だし、その中でも最低の部類に入ると思う。」

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投稿日時: 2019/12/27 ― 最終更新: 2020/01/01
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