金儲けはディフェンス

金儲けは人生におけるディフェンスである。

まず思っているほど金で幸福は買えない。散財するとなんとなく楽しい気もするが、持続性に乏しい。金で買える幸福はどうしても皮相で刹那的なものが中心となる。ただしどこかの偉い人間が言っていたように「金で多くの不幸は退けられる」のである。

例えば住む場所を追われるのではないかという不安や、病気なのに満足な医療にかかれない苦しみ、必要なときに必要なものを買えないといった悩みは、金があることで大抵防ぐことができる。だから金というのは人生を守る働きをする。不幸の7割くらいは金を払えば追い払えると思う。

金で安全に守られた人生、それだけでも人は憧れるものかもしれないが、サッカーでディフェンスだけしていてもつまらないし、せいぜい引き分けにしか終われないのと同様に、守っているだけの人生というのも全く張り合いがない。よってオフェンスも必要になる。オフェンスというのは、損得勘定抜きに、自分が本心から成したいことを成すということである。

例えば今の私は、真夜中の交差点で大の字になって寝たいという密かな願望を抱いているが、これを実行すればオフェンスである。

私の考えでは、人の多くはディフェンス過剰なのである。ディフェンスで自分の安全領域を確保するので精一杯でオフェンスまで意識が回らない。金儲けがオフェンスだと考えている人も多い。金儲けが本当に好きで好きでたまらないならオフェンスかもしれないが、しかし大抵の人にとっては結局ディフェンスであろう。

逆にゴッホとかヴェルレーヌみたいな破滅型の芸術家はオフェンス過剰なのだ。彼らは人生のディフェンスを考えずに烈火のごとくオフェンスに回るから、時に素晴らしいハットトリックを決めるが自分のゴールも蜂の巣になってしまう。

理想を言えばディフェンスを固めてからオフェンスに繰り出すべきなのだろう。鉄壁のディフェンスがあればこそ、それを信頼してオフェンスも伸びやかになる。人生で言えば、最初に3億円稼げたら、あとは引退してひたすら絵画を描く生活に没頭することもできる。

ただこれを実践しようとすると、大抵の場合、還暦を過ぎてからようやくオフェンスに乗り出すことになる。これでは遅すぎる。いざオフェンスと思ったら既にホイッスルが鳴っていて、病院のベッドでチューブに繋がれた自分を発見するなどシャレにもならない。結局、バランス感覚が必要になるのだろう。

テキスト系記事の一覧

LINEで送る
Pocket

投稿日時: 2019/12/07 ― 最終更新: 2019/12/09
同じテーマの記事を探す