受験勉強に熱中していたある時、アメリカの友人に英語を教わっていた関係で、なぜか異常にアメリカかぶれになり、7月4日を共に祝い、感謝祭に七面鳥を屠ったことがある。生活習慣そのものから米国化することによって、英語が五臓六腑に染み渡ると信じたのである。

そして新たにクエーカーのオートミールも買った。輸入物で4.5kgも一気に買った。価格が日本の半分だったのである。

なぜ、クエーカーなのか?それはクエーカーのパッケージが一番アメリケンだからである。これを食っているだけで、いつの間にかアメリカ人になってしまうのではないか?そんな懸念すら抱くほど、パッケージが120%アメリケンである。少なくともこのパッケージを横に置いてオートミールを食っているやつに日本語で話しかけるのは、勇気がいることだろう。

オートミールは貧しい、という先入観

オートミールにはずっと「貧しい食事」「美味くない」という先入観があった。敗戦の日に昭和天皇が食べた朝食もオートミールであり、映画『日本のいちばん長い日』ではそれを「質素な食事」と表現していたそうである。

しかし、英語を真に体得するにはこのオートミールを食べるしかない。私はそこまで思いつめていた。

調べてみると、オートミールというのは、最近では風当たりの強い白米の「砂糖の塊みたいなもん」という評価とは真逆に、健康食としての評価が高まっている。調べるほど、オートミールは健康長寿の味方であり、ケチのつけどころがない。これは食べてみるしかない。

オートミールの逆襲

オートミールにジャムを適当に乗せ、私は人生ではじめてオートミールをまともに食った。

口にした瞬間、私の脳裏によぎったのは「敗戦」の二文字である。

日本は、このままでは敗北する。こいつは、コトだ。私の全身の細胞が、迫りくる敗北の日に対して警鐘を鳴らしていた。

オートミールは、美味かったのである。

美味かった、というと単純に過ぎるが……なんというか、これなら毎日食べられるだろうという、主食になり得る主張の少なさと、一緒に食うものとの親和性を感じた。

何より、私が驚異的と思ったのは、その食うまでのステップの少なさと短さである。

オートミールは最速

牛乳やお湯を一緒に入れて、1分程度レンジで温めるだけでセットアップされる。あとはそこに適当にジャムなどを乗せるだけである。時間にして計2分程度。これはパンよりも速い。まして、白米など足元にも及ばない。つまり忙しい現代人にとって、オートミールは最速のファストフード、すなわちファステストフードになり得る。

オートミールは栄養の塊

さらにオートミールは、栄養価が高い。取り分け食物繊維を大量に、かつ水溶性と不溶性の両方をバランス良く含んでいるのが大きな美点といえる。

食物繊維は近年の研究では、単に便の改善に貢献するだけでなく、腸内運動をはじめとする様々な健康要因に深く関与していることが明らかとなり、健康維持に欠かせないものと認識されている。オートミールは他にも、ミネラルを中心として栄養成分を多く含んでおり、その健康効果は枚挙にいとまがない。

オートミールは変幻自在

さらに食っていて分かったことだが、オートミールに混ぜるものは牛乳でも、豆乳でも、またはお湯でも構わず、それによってオートミール料理の性格を自在に変化させられる、という柔軟性があることだ。

オーソドックスな牛乳を混ぜると、その料理は「洋」の性格が強くなる。ここではジャムやバナナ、アーモンドなどを混ぜるのが人気であり、オートミール + 牛乳 + αという組み合わせによって1日をパワフルに過ごすエネルギーを得ることができる。

一方、豆乳を混ぜるとその料理は「和」に傾く。この時オススメのおかずは魚である。豆乳入りオートミールの上に魚を置いて一緒に食べるのである。栄養価的にはこの組み合わせが、魚が豊富なビタミンとタンパク質を供給することにより、最もバランスの良い食事になる。特にサバ缶はオススメであり、朝の忙しい時間にわずか2分で「美味い・速い・栄養抜群」の朝食を作ることができる。

お湯で食べるのも悪くはない。お湯は、カロリーを気にする人にオススメである。元々オートミール自体は低カロリーで腹持ちが良くダイエット向きなのだが、どうしても牛乳や豆乳で食べるケースが多く、そうすると結構エネルギー量が増えてしまう。そこで、お湯で食べると理想的なダイエット食になる。

このように、オートミールはただ単に手っ取り早く栄養豊富なだけでなく、手間を加えることなく、その食の傾向をカメレオンのように自在に変化させることができる。そのため毎日食っていても飽きない。これは「和」に縛られた白米に対する明確な優位性と言える。

白米、危うし!

食べれば食べるほど、毎日食べれて、手間がかからず、栄養豊富で、しかも多彩というオートミールの無限の可能性が感じられた。オートミールはまるでシリアルの宇宙である。馴染むほどに、あらゆる可能性がそこに秘められていると気付くのである。

ついでに言えば、オートミールはローリングストック法により、災害時の優れた非常食にもなる。水を入れるだけで食えるので白米より簡便だし、災害時に不足しやすい生鮮食品の野菜に代わり、貴重な食物繊維の供給源ともなる。「未曾有の大災害」が毎年のように到来するようになり、つい最近も台風の猛威で東京が被災地と化した、“自然災害のベンチマーク場”たる日本において、オートミールへの注目が今後高まるのは必然である。

危うし。白米、危うし。

戦後、日本では「食の欧米化」が急速に進んだことは周知の事実。しかし欧米化と言っても、それはスパゲッティとか、ピザとか、ステーキとか、そういうランチやディナーに出てくるメニューにおいて侵食が進んできたのである。またパンを朝食に選ぶ人が増えたとは言え、パンはいかにも小麦粉の塊であるし、白米に対して明確な優位性を見いだせない。

よって、白米というのは言わば、日本伝統の食卓の最終防衛ラインを守る要塞であり五穀卿の1人である。これまでいかなる外国の戦力もこれを突き崩すには至らず、白米を中心に置くことによって、かろうじて日本人は日本人としての食のアイデンティティを保ってきたのである。

一方でオートミール。こいつは、ヤバい。こいつは、この大和を守護し続ける要塞を陥落させてしまうポテンシャルを秘めている。少なくとも単体の性能としては圧倒的。地の利以外に、白米がオートミールに対して持ちうる明確な優位を見いだせない。私はこのシリアルを口に含んだ瞬間、崩れ去る要塞と運命を共にする日の丸を見たのだ。

オートミールは例えるなら、東京の空に出現したB-29。この暴力的なスーパーフォートレスは、白米の及ばぬ領域から、一方的な優位を武器に爆撃を仕掛けることが可能なのである。

この戦慄の食品の圧倒的ポテンシャルを理解するに、私はいつしか、日本の食卓に当然のようにオートミールが並ぶ未来を想像せざるを得なかったのである。そうなったとき、果たして日本人は日本人でいられるのか。

いつの世も、食が人の身体を形作っていくことは明らかである。オートミールを毎日食っていたら、いつか皆色白で、ガタイが良くなり、食卓のコショウに手を伸ばすときでも”Excuse me.”とか言い出すのではないか。

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投稿日時: 2019/10/27
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