図1:代表的なテキストサイトである「侍魂」のトップ画像

かつて日本のインターネット黎明期には「テキストサイト」という、今考えれば得体の知れない、生まれたての混沌世界に漂う妖気のようなコンテンツ群が存在した。そもそも名前からしておかしい。ウェブサイトにテキストが載っているのは当たり前である。当時はISDNとかの時代だから、私も含め、あの時代にHTMLをカタカタ打っていた人間たちは、画像をみだりに用いて回線圧迫することを最大のギルティと考え、たった数KBの容量節約に一喜一憂しながら、もっぱらテキストばかり打ち込んでいたのだ。

では「テキストサイト」とは何か。テキストサイトとは「何の役にも立たない事柄を面白おかしく語った『テキスト』を中心とするサイト」である。

もう少し厳密に定義していくと「『侍魂』のような改行を多用した『テキスト』を書くサイト」(図1)「日記を第三者にも面白いようにコンテンツ化したサイト」となるかもしれない(図2)。いずれにせよ、平凡な事柄、どうでもいい事象を、何やら長文で力説しているサイトのことである。

図2:テキストサイトの源流たる「侍魂」による、有名な先行者に関するテキスト(「侍魂」より)。こんな感じで異常に改行を多用することで、トークの「間」のようなものを再現する。

最近はこれらのテキストサイトの後継とも呼ぶべき「テキスト」が、はてなブックマークなどで浮上するようになった。増田(はてな匿名ダイアリー)の秀逸な「テキスト」もそうであるし、こういった「テキスト」を好んで書くライターも存在する。(なお私のサイトもテキストサイトっぽいと思う人がいるかもしれないが、当サイトの源流は「あやしいわーるど」の「誰も聴いてないオタクの一人語り」である)

私は長い間、「こういう『テキスト』を読んだ後のふにゃふにゃした読後感って、何なんだろうなぁ」と考えていた。良い「テキスト」を読んだ後は、ふにゃふにゃするのである。

例えば司馬遼太郎などが書く真剣の文章を読んだ後なら、ピリピリッとした読後感が得られるだろうし、多くの示唆を含むビジネス書を読んだ後なら、未来への期待を含んだ高揚感を得られるかもしれない。ところがテキストサイトの「テキスト」を読むと、私の心はふにゃふにゃしてしまうのである。

その答えは意外なところにあった。大学の国文学の講師の影響で、夏目漱石の『三四郎』を読み返していると、漱石がズバリ、このテキストサイトの読後感を言い表していたのである。

『三四郎』夏目漱石

場面は、三四郎が同じ大学の悪友・与次郎による寄稿「偉大なる暗闇」を読むところである。

しばらくしてから、三四郎はようやく「偉大なる暗闇」を読みだした。じつはふわふわして読みだしたのであるが、二、三ページくると、次第に釣り込まれるように気が乗ってきて、知らず知らずのまに、五ページ六ページと進んで、ついに二十七ページの長論文を苦もなく片づけた。最後の一句を読了した時、はじめてこれでしまいだなと気がついた。目を雑誌から離して、ああ読んだなと思った。
 しかし次の瞬間に、何を読んだかと考えてみると、なんにもない。おかしいくらいなんにもない。ただ大いにかつ盛んに読んだ気がする。三四郎は与次郎の技倆《ぎりょう》に感服した。

 よく考えてみると、与次郎の論文には活気がある。いかにも自分一人で新日本を代表しているようであるから、読んでいるうちは、ついその気になる。けれどもまったく実《み》がない。根拠地のない戦争のようなものである。

『三四郎』

与次郎の寄稿した「偉大なる暗闇」に対する三四郎の読中・読後感、それがまさしく、私がテキストサイトを読んでいるときの気分に酷似しているのである。

「 根拠地のない戦争 」とは、言い得て妙だ。「テキスト」は、何かについて激しく論じてはいるが、その論の先には何もなく、その場のべしゃりが尽きれば語りは霧消してしまう。その「テキスト」に読者が大いに納得したとしても、読者の今後の人生に、何の波紋も残さないであろうという予感がある。そして件の「偉大なる暗闇」は、他人の口癖を元に作られた「滅法面白いけど中身ががらんどうの文章」という設定である。これはまさしく「テキスト」ではないか!与次郎は、明治の偉大なるテキストサイト管理人だったのである。

三四郎は、続く場面で与次郎に感想を尋ねられ、次のように言い表す。

「そうさな。おもしろいことはおもしろいが、――なんだか腹のたしにならないビールを飲んだようだね」
「それでたくさんだ。読んで景気がつきさえすればいい。 (以下略)

『三四郎』

これを読んで私は、爆笑してしまった。「腹の足しにならないビール」とは、これまた見事な言い表しである。

「テキスト」とは「腹の足しにならないビール」である。だから良いのである。だって、皆さんビール、飲むでしょ?何にもならないから「テキスト」は豊かで、そして自由なのである。

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投稿日時: 2019/07/21 ― 最終更新: 2019/07/22
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