京都とマクドナルドと、澁澤龍彦を求める書店巡礼

京都へ着くやいなや、私は遅めの朝食としてマクドナルドを食べるべきだと主張した。京都に着くなり京料理、上等の蕎麦に京都ラーメンときて、ホテルで寝転がって八つ橋など、いかにもおあつらえ向きの西日本ツアー。そんなケーハクなツーリズムに染まるべきではないと熱弁を振るった。

それは2019年2月半ばの朝のことである。友人と一緒に3泊4日の旅をしていた。

正直に言えば、ふわっと照れるのである。私は、勉強しろと言われれば放り出し、学問など無意味と言われれば鉛筆にかじりつき、金を出せと脅されたら嫌だと言い、釣りはとっとけと言われれば、お金など欲しくありません!と泣き叫ぶ、ただの永久反抗期にあるので、京都につけば俄然、ジャンクフードを食べたくなるのも、当然のように思われた。

そう思って駅を降り立つやマック、いやマクドに突撃したものの、意表を突くまさかの朝マック。馬鹿野郎、私は、エッグマフィンだとかそんなもの、断じて食わない。君たちは、ビッグマックにポテトL、身体に悪い添加物ばかりまぶして売っていればいいのだ。私は自分の身体をめちゃめちゃにしたくて、仕方ない気分なのだ。身体に悪いものを食べたい。健康ブームの世の中の対向車線を爆走したい。それなのに、君たちは、なんだそれは。今更君たちに健康要素など、誰も求めてはいない。だから『スーパーサイズミー』の監督は、カメラの前で吐いたのだ。分かったら、さっさとレジの奥に隠しているあの人体汚染食糧を、よこせー!

しかし駄々をこねても昼マックは引っ張り出せないので、仕方なく近くの喫茶店まで戦略的後退を図った。私の旅の美意識も、さすがに空腹には降伏した。ハヤシライスにサラダを食べて、コーヒーをぐーっと流し込んだら、目が覚めビタミンも身体を駆け巡り、すっかり健康になってしまい、店からズンズンと足音響かせ街へ出た。

私は今回の旅の目的を知らない。旅はそれ自体が目的であり、ランドマーク巡りには全然興味がなかった。だから東京から京都まで2時間半かけてやってきたが、飯を食った途端に手持ち無沙汰になって、帰ろうかな、という気さえ湧いてきた。アインシュタインが言ったらしい。「旅は好きだが目的地に着くのは嫌だ」。全く至言である。一応友人の意向で周辺の神社を巡ったが、あまりにも興味がなくて、頭痛の気配さえ感じた。結局、私一人で最近ハマりの書店巡りをすることにした。

めちゃくちゃ久しぶりに訪ねた銀閣寺。入場料を取られたが、見事な庭園には値段ぶんの価値がある。今回訪れたランドマークの中では一番かも。完全な日本モードの中で外国人に撮影を頼まれ不意を突かれたが、英語漬け生活をしていたときに千回唱えた”No problem.”は脊髄反射で出た。

本屋好きの聖地、恵文社

本好きは、一乗寺にある「恵文社」なる書店をこぞって詣でるそうである。地下鉄に乗って京都駅から東へ行き、鴨川を超えてワンマン電車に揺られた先に、その本屋はあった。外観がまるでレンガ造りの洋式建築で、内部は純喫茶と見紛うばかりの、古式ゆかしいダークブラウンの家具を、ランプの幻想的な電球色が照らしている。

この書店の特徴は、なんと言ってもカテゴライズのユニークさにある。すなわち、通常の大型書店なら出版社別とか、一般的な分類法に従って半機械的に並べていくのだが、この本屋では書店員が本の知識と、独自の共通項目に従って、書と書を有機的な繋がりのもとに配列しているのだ。例えばAI関連の棚に、『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』と、アシモフの『われはロボット』が並列されているのである。そのため、この書店ではただ棚を眺めているだけでも、次々に興味のある本を「発見」してしまう。

このような書店こそ、Amazon時代にも生き残るセレクトショップの理想的な一形態だと信じていい。Amazonの利便性はずば抜けているが、所詮は本を買うまでの余計な手間をショートカットしているだけに過ぎず、購入の過程は手続き的である。また本と本の関連性は、購入者の購入パターンなどから数学的に算出しているだけだから、そこにはマスにより踏み固められた当然の連絡路しか用意されない。一方で恵文社は、雰囲気が抜群に洒落ているから本を探し棚を眺めている時間にも穏やかな流れを感じるし、棚それ自体に造り手固有の生命あるメッセージが漂っているので、まるで書店員と対話しながら本の森を散歩しているような豊かさがある。

私は恵文社が、本当に気に入った。だから旅行中に2回も訪ねた。澁澤龍彦の『夢のかたち』を購入。澁澤の本を買ったのにはワケがある。それはもう少し後で記そうと思う。

恵文社で買った書籍とオリジナル文房具。ここのブックカバーは何故かクレヨンの香りがする。文房具は鉛筆型のシャーペンと、鉛筆型の鉛筆(?)。

車中のほら話

翌日に我々は、バスに揺られて建仁寺へ向かっていた。公開されている伊藤若冲などの美術品鑑賞が目当てである。

バスの中で連れの人が、今日はとっておきの美味しい珈琲店に入るのだと言っていた。ドトールの向かいにある喫茶店なのだそうである。それを聞くやいなや、私の中で直ちに一本の物語が紡がれた。

その珈琲店は、先々代からの味を頑なに守る老舗である。静かな店内に、見慣れた常連客の面影と、マスターの無骨な外見とは裏腹の几帳面なドリップの音だけが流れる空間であった。ところがある日の夕立と共に、店に似つかわしくないスーツ姿の男が一人。その男は、ドトールからの使者である。曰く、この店を改装してドトール傘下に入りませんか。いわゆるフランチャイズ契約である。もちろん頑固一途のマスター、突っぱねる。いや、この店だけは、譲らん。男、少し笑顔を引きつらせて鞄からファイルを取り出す。マスター、そのファイルには目もくれずに払って床に落とす。とうとう、丁々発止の意地の張り合いに発展した。退け、退け。いや、退かぬ、退かぬ、親父の目玉をテーブルの上に置かれても、退かぬ。男、後悔するぞと捨て台詞を残してドアを開け、3ヶ月後に、向かいの八百屋がドトールへと変貌していた。

私は以上のように事の顛末を想像して、隣に座る友人にとくとくと話して聞かせた。友人は神妙な面持ちでふんふんと腕を組み首肯していたが、話が終わるやスマートフォンをポチポチいじって、あっ、ごめん、その店は珈琲店じゃなくてパスタの店だった、とぶっきらぼうに答えた。こうして私の想像力逞しい筋立てはただのほら話として霧消したが、無駄話の甲斐あって気がついた時には最寄りの停留所が目前にあった。

恵文社の帰りに徒歩で横断した京都大学と吉田寮&熊野寮。これは寮の前のタテカン。京大の建物は新旧一体の美しさでビビる。我が大学は完敗。熊野寮は一瞬、小学校の校舎と見間違える。

書店かアパートか、アスタルテ書房

最後に寄ったのが「アスタルテ書房」である。実は今回の書店巡りの最大の目標地点であった。以前にBrutusの本屋特集を読んだときから気になっていたが、この書店は澁澤龍彦と縁が深く、レアな初版本なども置いてある古書店である。澁澤龍彦は、まあ私の遠い遠い先輩といったところだ。そもそも私が仏文専修へ進んだ遠因は、受験時代に澁澤訳による『悪徳の栄え』を読んでいたことにある。澁澤が生きていた頃は、彼もこの書店を訪れていたそうだ。恵文社で彼の本を買ったのも、頭になんとなく澁澤の存在があったからである。

そんなわけで四条からアーケードを抜けてこの書店までやってきたが、地図の指し示した地点に着いて途方に暮れてしまった。どう見ても書店など存在しないのである。もしや?と思ってGoogleの情報をチェックしたが、確かに「営業中」と書いてある。閉店したわけではないのである。

寒い冬空の下でネットの情報を集め、見当たらない理由が判明した。なんと目の前にある、寂れた住居用アパートの一室がこの「書店」なのである。アパートの中に入って、ようやく書店の存在を示す張り紙を発見した。ドアを開けるのにはいくらか勇気が必要であった。何しろ私の人生で、これまで全く繋がりを持たない居住者のアパートのドアをいきなり開けた経験がない。あるいは?あるいは、なにかの間違いで本当に赤の他人の玄関を開けてしまったら、パジャマの大学生がTV見ていたら、酔っぱらいのフリをしてそのままドアを閉めよう。そう思ってノブを回したが、幻想古書店にたどり着くことができてホッとした。

靴を脱いで上がる書店も初めてであった。客は私一人で、写真で見た通り雰囲気バツグンの、こじんまりした古書店である。店の主人が亡くなったそうで、在庫処分が進み、棚が少し寂しい気もする。サングラスをかけた在りし日の澁澤が、店内に佇む写真が売られている。さすがにこれを買ったら、ミーハーである。書棚を物色する。澁澤や三島由紀夫、フランス関連の書籍が充実しているように見えるが、これはっ、という本が見当たらない。高価な初版本はあるものの、私はコレクターではないし、澁澤の本は実は全集で大体所有している。私は予定している卒業論文の資料を買おうと思った。

「アルフレッド・ジャリに関連した本ってありますかね?」
「うーん、もうあまり本も残ってないから、ないんじゃないかしら」

レジにいたのは亡くなった主人の奥さんかもしれない。ジャリは日本では相当マイナーな存在で新訳も出ないほどなので、本が置いてあればすごいが、やっぱりないらしい(卒論にしようと思っているが、フランス語に加えてラテン語の知識も必要なので、教授に「止めたほうが無難」と言われている)。仕方ないので、著者も知らない『ピカソ礼賛』を購入して店を出た。

今回の旅では大垣書店やふたば書房、大阪のMARUZEN&ジュンク堂などに立ち寄りかなり買い込んだ。アスタルテ書房の包みが独特で(写真左)、友人に「八つ橋を買ってきたのか?」と言われる。

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投稿日時: 2019/02/18 ― 最終更新: 2019/07/22
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