恋愛について

2021/12/22 ・ 雑記 ・ By 秋山俊

私の十代は、人間関係に対する無頓着からこの方面に関しては大分発達が遅れた子供であった。そこに異性がいても、ただなんだかよくわからない、濁った壁のような、まだらな感情がそこに立ちはだかっていて、私はその壁に戸惑っているうちに、「なんだかわからないから、いいや」っと視線を逸して、自分が夢中になっているもっと具体的なもの、操作すれば論理的に反応が返ってくる趣味に没頭したものだった。

だから他の人間たちが、なぜあんなにややこしい人間関係をこじらせ、傍目にも実際にも、どう見てもお互いに関心がないようなカップルが誕生するのか理解できなかった。

小学生くらいまでの恋愛はひどく単純で、ただ好きな人が好き、というシンプルな形態をとることが多い。しかし思春期以降の恋愛は、人間が社会的存在になるにつれて、恋愛もまた社会的・政治的要素を強く帯びてくる。

つまり「誰それと付き合うとは、私という社会的存在に対してどういう効果を持つか」ということも意識されてくるのであって、だから「この人と付き合うと私にハク・・がつくから」とか「恋人がいないのはダサいし不安だから」とか、そういった社会的な理由によって、本当は別に大して興味もなく話も合わない相手と付き合う、という状態も広く見られるようになるのである。

もちろん人間の感情というのは無意識的なもので、ヒトは自分一人であっても決して自分に対する気取りを忘れないものだから、こういう打算的な理由が必ずしも意識に上るわけではない。また社会的要素は相手の人格評価などと渾然一体になってくるので、フルーツジュースからオレンジだけを抽出するのが不可能なように、純粋人格を抽出してそこだけを好きになるのは困難になってくる。つまりいわゆる「人格」あるいは「人柄」とは社会性も含むのである。現実には純粋に恋愛的な要素と、社会的な要素が複雑に絡み合って恋愛が生じている。

しかし一般にその社会で婚期と呼ばれる時期が近づくにつれて、社会的要素の要請はいよいよ強まっていく。もはや猶予はないという切迫によって、「なぜこの人の恋愛のゴールがこの人物になるのか?」と、友人親類の誰もが首を傾げる、白鳥とアマガエルのような珍妙な雌雄が、困惑のヴァージンロードで歩を進める事態も、たびたび起こるのである。

こうなると、自由恋愛が当然と見なされる世の中になっても、30近くの恋愛は、自由恋愛の形態をとった事実上の「お見合い」の様相を呈することも珍しくなく、婚活という言葉はまさにそれを表している。ある人が、「お見合いの方が結婚の実情に即しているので、現代人はお見合いをするべきである」と提言していたが、これはなにもボケた老人が時代錯誤な妄言を吐いているわけではないのだ。恋愛的な恋愛でパートナーを見いだせた人は幸いと言うべきなのだろう。

成長するにつれて、恋愛には社会的要素の影響が濃くなると書いたが、同時に、人間は恋愛対象そのものよりも、自分の記憶や精神の中にある傷や執着に対して恋し、愛するという側面も出てくる。「自分を過去に振った相手に似ているから執着する」とか、「その人が恋人であれば、そんな自分を肯定できるから一緒にいたい」とか、恋愛の矛先はむしろ自分自身へと向かうのである。相手を愛しているつもりでも、実はそれは自分を慈しんでいるという部分がある。

プルーストの言葉にこうある。

ある年齢に達してからは、愛や恋人は己の苦悩から生まれる。過去と刻み込まれた傷が、その人の将来を決定づける。

Or à partir d’un certain âge nos amours, nos maîtresses sont filles de notre angoisse ; notre passé, et les lésions physiques où il s’est inscrit, déterminent notre avenir.

私は気づいていた。粗野で誤った認識だけが、すべてを相手の中に見出そうとする――すべては心の中にあるというのに。

Je m’étais rendu compte que seule la perception grossière et erronée place tout dans l’objet, quand tout est dans l’esprit

プルースト『失われた時を求めて』

総じて、人が長ずるにつれて恋愛対象の輪郭は曖昧になり、領域は拡大し、その対象が包含し象徴する(と自分が考えている)社会や己そのもの、すなわち極めて狭く個人的な意味での「世界」を愛するようになる、と言えるのではないか。

(ヘッダー画像:エドガー・ドガ『鏡の前で』1899年)

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初版:2021/12/22 ―― 改訂: 2021/12/24

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