ちくわぶはミナデイン

2021/12/19 ・ 雑記 ・ By 秋山俊

関東で育った人間にとって、「ちくわぶ」が入っていないおでんというのは、なにか深刻な欠落を抱えているように感じる。なんだろう、そのおでんには、私がおでんに求める決定的なものが欠落している。そうそれはジョブズのいないApple、あるいは集合写真のない卒業アルバムのように。

象徴そう象徴。象徴が必要なのだ。「みんながここに集った」という象徴、すなわち“証”が……

ちくわぶは「そこに集ったおでんの味」の全てを吸収する、一にして全たる存在だ。すべての味を含みながら、その個々の味を凌駕する存在。『Hunter x Hunter』で言うところの盗賊の極意スキルハンター。『世紀末リーダー伝たけし』魔黒編のブラック。その日のおでんの総決算。株主総会。それがちくわぶだ。

スーパーに行った。しかし物価の上昇は、おでんの具材という市民の聖域にも情け容赦もなく侵入しており、太っといちくわぶだと値段が高くなるのか、二本に折られた細いちくわぶしか売ってなかった。

「こんなディズニーランドのチュロスみたいなちくわぶに、昆布のダシが吸えるものか。がんもの豊潤な汁を託せるものか」

ちくわぶはミナデインなのだ!みんなのチカラを合わせて放つ究極の勇者の魔法。

ミナデインというのは多くのドラクエ作品で、取り回しの悪い呪文なので敬遠されがちだが、私にはミナデインの大切な思い出がある。

私が初めてプレイしたドラクエはSFC版『ドラゴンクエスト 5 天空の花嫁』で、当時私は7歳だった。それは世界に一本しかない特別なドラクエ5で、どこに行っても売ってないそのゲームを、親父が近所のゲーム屋のオッサン(一日中レジの奥でゲームをしていた)の私物から買い取ったものだったのだ。――オッサンが遊び尽くした中古ROMを新品価格で!

おかげで買ったときから説明書はボロボロで、初めて挿したROMからは、クリア済みのデータがロードされた。クリスマスの寒い夜のことだった。

それはすぐさまリセットして、ともかく、私はクリスマスの日からドラクエ5をしこたま遊んだのだ。時刻もわかたずパッドを握り、親のサボタージュにもめげずに対抗し、ああ私の少年時。東京の冬の中で「冬の国」編をクリアし、始業式の間も心は絶えず家のソフトに注がれ、アスファルトの端の雪解け水から春の到来を予感するときには、既に、私はゲームの最終局面に立ち向かっていた。

しかし最終ボス、ミルドラースは、子供の頃の私には不死身の大魔王にしか思えなかった。

なにしろやつは「めいそう」というインチキ技を使い、自分の負ったダメージを回復させてしまうのだ。それまで「ボス戦は距離の決まっているマラソン」だと思っていた私にとって衝撃的だった。「こいつ……ボスのくせに回復しやがる!」。

ミルドラースは、いくら噛んでもなくならないガムのように無敵で、やつの「しゃくねつのほのお」や「イオナズン」に耐えながら抗戦しても、最終的にはこちらのMPが尽きる。無限再生する上弦の参に闘いを挑んだ煉獄杏寿郎のようにジリ貧になって敗北してしまうのだ。

当時はネットもなく、しかも私自身、RPGの漢字もまともに読めない小童だった。したがって情報がなく、ミルドラースがどれだけのHPを回復しているのか見当もつかなかったのである。仲間モンスターのスラリンが使う「めいそう」から、回復量は500程度だという噂は当時もあったが、ひょっとしたらボスの使うバージョンだと全回復しているんじゃないか?という疑惑すらあった。

実際にはそれ以前からFC版ドラクエ2のラスボス、シドーが、自分にベホマをかけるというとんでもない無法をはたらいていたのだが、そんなことは知らなかったので、ミルドラースこそは最強のラスボスで、RPGというのはクリア不可能なように作られているのだとすら考えた。

攻略本を熟読し、作戦を練りに練った私がたどり着いた結論はミナデインだった。

ミナデイン、これしかない。大魔王の不敗の構えを破るには、その再生力を超える破壊力で、回復の暇を与えず一気に押し切るしかない。ミナデインはパーティ全員の力で放つ、ドラクエ5最強の単体攻撃呪文だ。唱えると全員のターンを消費するので回復行動が取れず、必然的にこちらにもスキができる。だがミルドラースも「いてつくはどう」を無駄に放ったりするので、打ち込むスキはあるはずなのだ。

私は満を持してミナデイン作戦を発動した。ミナデインを何連発もした。ミナデインのダメージは凄まじい!大魔王の体力がみるみる削られていく!しかしさすがは大魔王、ミナデイン連発でもそう簡単には倒れず、持ち前の体力を生かして「めいそう」抜きでも耐えきってしまう。ミナデイン連発のスキを突かれ、私のパーティは全滅してしまった。

なおその後レベルを上げたらミルドラースは普通に倒せた。

(ヘッダー画像:『ドラゴンクエスト 5 天空の花嫁』スクエア・エニックス)

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初版:2021/12/19

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