エレベーターの悪夢

2021/09/12 ・ 雑記 ・ By 秋山俊

生まれてすぐにマンションに引っ越したので、子供の頃から毎日エレベーターに乗っていたのだった。

幼稚園児のとき、母親が私をエレベーターホールまで連れてきた後で、「忘れ物をしたから、先に降りてて」と言って家に帰っていった。先に降りてて、っと言われても、私はまだエレベーターのスイッチまでまともに届かない程度の背丈だったし、自分一人で乗るのが初めてだったので、かなりおっかなびっくり乗ったのを覚えている。

私はなんとか一階のスイッチを押して、エレベーターが一階まで降りるまで、箱の中の隅でじっとしゃがんで待っていた。その時間が1分にも2分にも感じられた。今にして思えば、幼児が先に降りてもどうせ一人で幼稚園までは行けないのだから、母親と一緒に家に帰っても問題なかったはずなのだが。

そういう経験が作用しているのかは不明だが、数年に一度くらい「エレベーターの悪夢」を見る。そのパターンは大体決まっている。

  1. エレベーターが最上階より上まで昇ってしまう
  2. エレベーターが最下層より下に降りてしまう
  3. 中途半端な場所で停止して出られなくなる

「3」は現実にもあり得るシチュエーションだ。「2」は大したことがない。「2」の場合は空想の拠り所がなくて、脳のイマジネーションが続かなくなるのか、地下に潜った時点でシミュレーテッド・リアリティがクラッシュして目が覚めてしまう。死ぬ夢を見ると、死んだ直後に目が覚めやすいようなものか。

最も厄介なのは「1」である。

まず私の住んでいたマンションでは、実際に「居住民にとっての最上階より上のエリア」というのが存在して、そこには管理人しか立ち入れない謎の部屋とか、工事の人だけがうろついている足場なんかが存在した。そこは屋上とはまた違い、その建物が9階建てだとすれば、「9.5階」みたいなエリアが存在したのだ。建物の最上階には、よくそういう「聖域」あるいは「あかずの間」が存在する。私の通っていた公立学校にもあった気がする。

エレベーターの悪夢を見るようなとき、夢の中で、基本的に私の精神や記憶は子供時代まで退行している。だから最上階を超えて上昇し始めた時点で、立ち入ってはならない領域へ侵犯してしまったような気分になる。しかしエレベーターが勝手に私を運ぶのでどうにもならない。そうして最上階を超えた「あかずの間」に放り出された私は、夢の中で、自分が住んでいるはずのマンションなのに、まるで違う景色の中を恐る恐る、人に見つからないように歩き、「あかずの間」からの脱出を目指すのである。

悪夢のパターンというのは人によって決まっているものだと思う。昔の精神分析風に、幼児期の体験に根ざしているといいたいところだが、ここ数年、私の脳に住んでる劇作家は、青年期以降の体験に基づく、新たなパターンも開発したようである。それについては、またいつか書き記そうと思う。

(ヘッダー画像:オディロン・ルドン「キュクロープス」)

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初版:2021/09/12

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