人生は常に準備不足

2021/09/12 ・ 雑記 ・ By 秋山俊

何か事を成すときに、全てが完全だったことなんて一度としてなかった。物事は常に準備不足であり、期限はあまりに短すぎ、自分は途方もなく未熟だった。いつだって建設途中で、付け焼き刃と継ぎ接ぎのまま突撃することしかできなかった。

破れかぶれの自分は、ときにふっと夢想する。「あと一年、ゆっくり生まれていたのなら」。平成生まれなら令和生まれなら安永生まれなら永和生まれなら。せんないことだ。コンマ1秒でも違う時間に命が生じていたのなら、それはきっと同じ腹から産まれる他人だったのだろう。いまこの時間、この空間にしか人生があり得ない、儚い存在の私なのだから。

「明日がある」。大嘘だ。明日なんてあるものか。

あるのは現在いま。いつだって途上の現在だけで、地続きの現在が果てしなく続いているのだ。現在に生まれて、現在に生きて。

明日に脱出することは不可能だ。だから現在、なんとかするしかない。時間は人生の背骨。現在に生まれたのは自分の宿命。宿命は変えられない。だが、運命なら変えられる。立ち向かう覚悟がありさえすれば。

「とめどない季節」に生まれた私達は、一瞬たりとて停止することなく、歩を進めて物事を行進させるしかない。「とめどない季節」で失敗を避けるには、もはや挑戦自体を回避するしかない。留保。あと一年が二年になり、十年が百年になる。そうして人は、多くのことを永遠に留保し続けて、ついには墓場まで持ち運ぶのだろう。

あらゆることが不足なら、ひっくり返って居直って、もはや不足などという概念は無内容だ。不足こそ完全だ。「不足している」という完全な状態だ。いまや私も腹が据わった。急なことで申し訳ないが、運命よ、貴様に宣戦布告する。にわかに生かしておけない気になった。人は敗けたことを悔いるのではない。戦わなかったことを悔いるのだ。

人生は常に準備足らず、情報不足、ルール無用の乱戦だ。不利だ、不合理だ、理不尽だ。だが勝ってしまえばどうとでもなるのだ。形など二の次三の次。泥まみれ血まみれで大いに結構。歴史なんてものを信じるな。過去などいくらでも更新できる。あらゆる記憶は美しく塗り替わる。勝者になりさえすれば。

そう、必要なのは勝利、ただ勝利なのだ。

武器がなければ噛み破れ。時間が足りなければ刻を稼げ。数が足りなければ張子の虎をでっち上げろ。過去に向かって飛んでくる矢、背を向けても仔細なし。

覚悟こそ全てだ。どんな痛みでも、受け入れる覚悟さえ定まっていれば取るに足らない。問題は痛みを避けることではなく、痛みを受け入れる覚悟を決めることだ。ガンバるのだ心臓よ。殺意だ。パンチだ。

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初版:2021/09/12 ―― 改訂: 2021/09/13

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