投稿日時:2018/12/03 ― 最終更新:2019/04/14

強欲の不動産王ドナルド・ミラーは、ついに不滅の機械の中に自らの意識を移す精神転送に成功した。ミラーは21世紀に世界中の不動産、及びそれに関連する様々な事業を手中に収め、富や権力をほしいままにした男である。彼は支配欲に手足が生えたとでも申すべき男で、その病的な強欲さから、自らが欲するものを手に入れるときに手段を選ばなかった。親から譲り受けた莫大な資産とコネで、子供の時から全てを手に入れてきた。その過程で彼に逆らうものはみな叩き潰されるかその富を奪い取られ、数多の人間の犠牲を礎にして、彼は摩天楼を築き上げてきたのだ。

60を超えてからは、その底なしの欲望から永遠の命を欲し、脳科学やコンピューター・サイエンスに携わる企業をも手中に収め、国家顔負けの大研究機関を作って、誰よりも早く精神転送を成功させたのである。転送作業は意識が複製されないように慎重に進められ、まず脳と機械を完全にリンクさせてから、徐々に脳の機能を停止させて機械で働きを補うという手法が採られた。そして脳が完全に機能停止した後も、計算通りこの不動産王の意識は一瞬も寸断されることなく、機械の中で高笑いを浮かべていたのだ。

莫大な財産!巨大権力!そして不老不死!ついに俺はやったぞ。もう二度と死に怯えなくて済む。これからはこの楽園が永遠に続くのだ。さあ手始めに何をやってやろうか。そうだ、機械でシミュレートされている俺の脳の機能から、恐怖とか性欲とか、余計な本能を省いてしまおう。俺はああいった本能にずっと苦しめられてきた。常に何か不幸が降りかかるのではないかと怯え、オツムの弱い美女に振り回されてきた。どれだけ富と権力を積み上げても、本能を克服することはできなかった。無敵となった今、もうあんな機能は俺の脳に必要ない。ネガティブな要素を切り捨てて、これから永遠にあらゆる娯楽を享受するのだ。

ミラーは部下である科学者たちに命じて、彼が不要と考える本能をデジタルの脳から削除させた。そして全てのメンテナンスが済み、彼の脳が休眠モードから復帰した直後のことである。覚醒からわずか0.002秒の後に、なんと彼は自分自身のプログラムを消去して自殺してしまったのだ。

強欲の不動産王が突然の自殺!しかもよりによって、永遠の命を得た直後に!このニュースは世間を大いに騒がせた。プログラムの複製が許可されてなかった科学者たちは、長年の成果が一瞬で霧消してしまい大きく落胆した。世論は科学者たちが何らかの不正なコードを挿入した可能性や、コンピューターウィルス、またはハッキングによる干渉可能性について論じた。しかし調査が進められても、一向に原因が特定できず事件が迷宮入りしてしまった。

この事件についてある哲学者は、次のような見解を残している。ドナルド・ミラーが自殺という結論に至ったのは、頭が痒いと感じたらそこに手を伸ばすのと同じくらい、全く当然の帰結である。生存を目指すことは、遺伝子深くに刻まれた、ナンセンスな滑稽の呪いに過ぎない。そもそも本能がそれを恐怖すること以外に、我々に死を遠ざける如何なる理由が存在するというのか。本能に呪われている限り、人はみな愚物である。彼は我々より一足先に賢者になったに過ぎない。

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