投稿日時:2018/12/02 ― 最終更新:2018/12/08

校長は新学校での初めての授業日の前日、あまりにも興奮してしまい眠れなかった。その学校は校長の主導により設立された、全く新しい学校だった。その名も「私立正直中学校」。このような画期的な学校の設立こそ、校長の長年の悲願であった。

正直中学の理念はただ一つ「自分に正直に道徳や倫理について議論すること」。これは教師も生徒も変わらない。もはや哲学である。ホームルームに、授業中に、放課後に、世の中の様々な問題について、一切の綺麗事や遠慮なしに議論をするのだ。正直に話すのなら、たとえ「人を殺してもいい」という結論が出たとしても構わない。それは哲学的結論であって、捻じ曲げることは許されぬ。哲学は人間の都合や願望を超越して、あらゆる前提を疑い、この世の真理を探求するものだから、必ずしも人を救うとは限らないのだ。哲学が虚飾や浪漫を剥ぎ取り、世の虚無性を明らかにした例など枚挙にいとまがない。悲劇的・破壊的なる真理が、我らの運命の路上に待ち受けていることを覚悟せよ。しかし願わくば高潔なる魂が、知と真理への愛ゆえに、絶望の海にあっても満足せんことを。校長はそう考えていた。

校長は長年、教壇で綺麗事を並べることにうんざりしていたのだ。「人生は素晴らしい」「夢は叶う」「みんな友達」「親切は必ず自分に返ってくる」etc, etc…。若い頃は哲学者を志していたから、余計に欺瞞に耐えられなかった。思考停止的で同調的な、空虚な「道徳」や「倫理」の授業。これは教育ではない。子供たちの洗脳だ。そして50歳にして難治療性の心臓病が見つかり、心臓に負担がかかることは全て止めても寿命はわずかと宣告された。人生に絶望し、どうせなら太く短くと、なりふり構わぬ狂気的な情熱で新学校の設立にこぎつけた。裕福な家庭に育ったが、遺産の多くも設立のために使い果たした。しかし満足していた。一部の親たちの熱烈な支持も得て、満を持して正直中学は始業した。

校長は授業開始のチャイムが鳴るやいなや、居ても立ってもいられず校長室から廊下へ出て、教室内を窓からそっと覗き込んだ。最初の授業は全学年、道徳の時間である。

1年3組では早速「人を殺すことは本当に悪か」と過激な議題が掲げられており、もう脈動の回数も残りわずかとなる校長の病める心臓を、まるで初恋を感じたようにドキドキさせ、寿命が7分も縮んでしまった。しかし校長は幸福を感じていた。

「先生は」と、教卓の向こうの教師がやや遠慮がちに言った。「人を殺すことは場合によっては許されると思う。時にはそれを奨励してもいいほどだ」

「えーーーっ!」教室の生徒達は騒然とした。育ちの良いお嬢様と見られる生徒などはその場で卒倒し、保健室に運ばれた。

「ゴキブリなどの害虫を殺すことは誰でもするし、それを罪とも何とも思わないが、人を殺すことはなぜこうも忌避されるのか、考えたことがあるかい?命が本当に平等であるなら、害虫を殺してもいいが人を殺してはいけない、という論理は成り立たない。害虫を殺すことは、むしろ周囲の人間に賞賛されることすらある。ならば悪人だって、積極的に殺してもいいじゃないか。死刑だってこれで説明できる」

「いえ、先生」と、一人の聡明そうな学生が手を挙げた。「僕が思うに、そもそも『命は平等である』という命題が偽なのです。僕は小学校の道徳の時間にそう提言したところ、教師にスルーされましたが、これが真実です。命は平等ではありません。人間社会においては、虫けらに生きる権利は特に認められていません。それは人間にとって、他の種族の生き死になどさして問題ではないからです。一方で犯罪者であろうと、人間であれば人権というものを有しています。人間社会の秩序こそが重要なのです」

「しかしだね……」

このような議論を見て、校長は思わず窓から遠ざかり、誰も見ていない廊下でぴょんぴょん飛び跳ねながらガッツポーズを繰り返した。今まで教育を束縛していた良識という鎖を、チェーンソーで破壊したような気分だった。これだ。このような生きた議論、常識への懐疑、仮借なき真理の追求こそ、本当の道徳教育というものだ。私はこんな光景を、ずっと夢見ていたのだ。彼らは予定調和の存在しない厳しい議論を戦い抜くことにより、真の生きる力を手に入れるだろう。今は苦しくとも、大人になってから自らの生きる道をしっかり見極められるようになるだろう。そして本校の卒業生から、ゆくゆくは偉大な哲学者が出現するに違いない。ああ、満足だ。興奮のし過ぎでこの病気の心臓が止まっても、私は一切後悔せず旅立つだろう。

次に校長は階段を上り、1年5組の様子を覗いた。そこでは「人生に生きる意味はあるか」という、さらに一層過激な議題が掲げられていた。しかもこの教室はニヒリストの学生たちが大半を占めているようで「意味なし」とする生徒たちが、反対派のたった1人の女子生徒に集中砲火を浴びせていた。女子生徒が「人生は素晴らしい」と言っても「ポジティブ原理主義者か」「そのうち死ぬんだよ」「それはあなたの感想ですよね」といった反論の弾幕により、為す術もなかった。そこの教師も虚無主義者だったので、特に議論にも加わらず窓の外を眺めていた。校長の心臓はまたしても高鳴った。

どこの教室でもこのような丁々発止で胸躍る議論が巻き起こっていたので、全ての教室を見て回った後、校長の寿命は2時間16分も縮んでいた。

正直中学では、国語の時間には西田幾多郎の著作を取り扱い、社会の時間にはエピクロスやカントの思想なども積極的に解説した。激しい議論に参加して知的欲求を高めていた生徒たちは、これらの授業に強い関心を示し、思想や哲学への理解を深め、さらに深度の深い議論を展開させるようになった。夏を迎える頃には生徒たちの平均偏差値が急上昇を見せ、親たちの評価も極めて高かった。休み時間にはアイドルやアニメに関する会話が減り、意識は存在するか、何故この世界には何もないのではなく何かがあるのか、といった会話が廊下で当たり前のように行われるようになった。

しかし二学期が始まった頃から異変が顕在化し始めた。どこの教室にも空席が存在するのは、夏休み中に自殺した生徒が多数出現したためである。遺書には「分かりました、42です」とか「ぼんやりとした不安」など、不可解なことが書かれており、学校は厳しい責任の追求を受けた。

三学期にはさらに異常な事態が発生した。なんと生徒たちから「何故校長はこんな学校を作ったのか」「校長は生徒たちを争わせて喜ぶサタニスト」「我々は真理への理解を深めるべきではなかった」といった意見が続出し、校長へ辞任を求める署名活動まで行われたのだ。知恵のついた人間に否定された神とは、こんな気分だったのかもしれぬと校長は涙を流した。しかし校長が辞任をする前の晩には、既に彼の寿命は尽きており、ボロボロの心臓がこの野心的な哲学者の身体を動かすことは二度となかった。彼の墓は特別に学校の片隅に作られ、葬儀の際にその遺灰が学び舎のグラウンドにいくらか風で飛散し、正直中学の土の量が少しだけ増えた。

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