映画を語ることが知識人のたしなみだった時代――フェリーニ『私は映画だ』

2021/06/05 ・ 雑記 ・ By 秋山俊

持っていない本だったので、フェデリコ・フェリーニの回想録『私は映画だ』を、ひとまず図書館で借りた。

重要なのは、この本が貸し出された日付の記録である。

この1978年に発行された回想録は、その後1年間で8回も貸し出されていた。インターネットによる貸し出しもない時代に、である。しかもフェリーニというのはバリバリの文芸映画の作り手で、大半の人が観てもさっぱり面白味がわからない、という、いわゆる「難解映画」の人である。

フェデリコ・フェリーニ

映画を語ることが知識人の営為の一つであり、映画を語ること、芸術を語ること、もっと言えば教養人であることが、今より遥かに尊重されていた時代というのもあったのだ。実際、70年代の様々な本の中には、「フェリーニ」とか「ヘルツォーク」といった名は当たり前のように出てくる。

現在では、そのように考えている人は少ない。だから映画の本というのは全然売れない。監督の伝記やインタビュー集の邦訳はほとんど出ない。最近ではデビッド・リンチの『夢みる部屋』と、クリストファー・ノーランの『ノーラン・ヴァリエーションズ』などが翻訳されたくらいだ。

ある営為が知性の証明であると認識されていることと、それが実際に知の実質を伴っていたかどうかについては関係ない。その時代には、単に大勢が「それが知識人のたしなみだ」と思い込んでいたというだけのことである。くだけて言うなら「流行ってた」のである。だからある時代には、小林秀雄とか吉本隆明の本を読破し、語れることは重要だった。吉本の言葉を借りれば、それが知性の証明だという「共同幻想」が存在していたからである。

小林秀雄

別に彼らが意味のないことを言っていたわけではない。ただ知の実質を手に入れるために彼らの難文を読み解く必然性はなかった。現在では変に衒ってない、もっと親しみやすい書物がいくらでもあるので、あえて小林秀雄の難文に挑む必要はない。だから小林の業績の歴史的な重要性は理解されても、リバイバルされることは今後もないだろう。

現在という時代には、なにか高尚で難解なことを読み解き、語れることを、知性の証明だとありがたがっている人達は少ない。それらは単に「マニアの小難しいウンチク」として認識される。文芸はその特権的な地位を剥奪された。映画や文学を語ることが知的営為であるという認識は共同幻想だったのだろうか。小説の語りと化粧品についてのトークは同列だろうか。

個人の問題としてどちらでもいい。語ることがファッションとして消費されることが少なくなったというだけだ。そこに実質があると思うなら、自分の人生にとっての「ホンモノ」を追求していけばいい。私はフェリーニの作家性にも、小林秀雄の文の詩的芸術性にも、風化していない「ホンモノ」があると思う。

ところでフェリーニの本についてだが、棚に残す価値のある本だと思うので、あとで中古本を取り寄せようと思う。(ヘッダー画像: フェデリコ・フェリーニの回想録『私は映画だ』 )

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初版:2021/06/05 ―― 改訂: 2021/08/24

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