豊かな人生経験は良い作家を生むか?

2021/04/14 ・ 雑記 ・ By 秋山俊
ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ《自画像》

「良い小説を書くには、豊かな人生経験が必要だ」というような紋切り型を言う人間は多く、私も子供の頃からそう聞かされていたので「そうなのかなぁ」と思っていたが、大人になってからこれが全然真逆であることに気がついた。

本当に豊かな人生経験をした人が文章を書くと、びっくりするくらいありふれたことを書きがちです。

なぜか。多くの人々と日夜交流を深め、各地を渡り歩き、数々の仕事をこなしてきた「豊かな人生経験を持つ人」たちは、人生が忙しく、また充実しているあまり、抽象的な思考や表現が育ちにくいからである。

つまりこのような人たちは、まさしく「行動の人」なので、常に現実世界に生きており、具体的な出来事を処理するのに忙しすぎて、抽象的な表現や思想を発達させるヒマがあまりない。また人間というのは、幅広く色々な意見を交換して見識を高めるほど、他人の意見がどんどん入ってくるため、知識は増えても思想自体は平均化=常識化されてしまう。

ところが小説とかマンガとか映画といった表現で重要になるのは、抽象的で独創性の高い精神世界を、作者がどれだけ内部に発達させているか、なのである。

大体、過去の文豪や有名クリエイターを見てみても、大半は内気で、インドア派であり、子供の頃から他人とさほど交流せずに、己の精神世界をウラン濃縮工場のように黙々と稼働・拡大させている者が多い。

大成した作家のほとんどは「豊かな人生経験」に縁がない“陰キャ”である。彼らが今脚光を浴び、人格まで肯定されているのは、ただ彼らが「売れた」からなのだ。そうでない人生だったらどうか・・・?これは言うまでも無い。おそらく・・・太宰は自殺未遂を繰り返すただのメンヘラ。ジョージ・ルーカスは誇大妄想ばかりしてるキモオタ。タランティーノはいけ好かないシャクレ野郎・・・!

人間が己の精神世界を育てるのに必要な養分は「ヒマ」と「絶望」である。

脳を複雑に発達させた人類は、ヒマになって外部からの刺激がなくなると、今度は勝手に内省を始めて、持て余した脳を無理矢理にでも稼働させて刺激を作ろうとする。世界に絶望して内側にこもっても同じような状態に入る。そうすると普通の人間が考える必要のない形而上のこととか、空想世界をどんどん考えるようになり、独自の世界観や思想を持つ立派なクリエイターや表現者が誕生する。

日本の古典文学は、宮廷の人間がヒマを持て余した結果生まれた。破局したシンガー・ソングライターが良い曲を作るのは、恋人を失ってヒマと絶望が同時に手に入るからである。

また他人と交流しないことは、思考のガラパゴス化を進める上で都合が良い。ありふれた他人の考えを取り入れず、自分だけの思考をどんどん突き詰めることによって、独創的な世界観が拡大していく。

このように考えると、良い作家になるための資質とは「貧しく偏った人生経験を積むこと」であり、「豊かな人生経験」の真逆であることがわかる。「貧しく偏った人生経験を積」んだ人が、強い承認欲求や表現欲求に駆られて作品を作ると、良い作品が生まれる。

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投稿: 2021/04/14 ― 更新: 2021/04/25
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