ミスT大の脳味噌

T大に通うK女史がキャンパス内で無惨な死を遂げた日、その死に様に世間は騒然となった。ミスT大にも輝き才女中の才女と謳われた彼女は、よそ見運転をしていた10tトラックに吹き飛ばされて脳が飛び出すほどの衝撃を加えられ即死したが、頭蓋骨から飛び散った物体はスイーツやポルノ雑誌ばかりだったという。死体処理が行われるまで現場には甘く香しい匂いが立ち込め、通りがかった野良犬がスイーツの残骸をペロペロ舐めていたという報告まである始末。

この奇怪極まる事件を受け、時のT大総長はただちにT大探偵部に調査依頼を出した(英字もぎこちないので、ここからはT大を仮に東翁大学、略して東大とでも呼ぼう)。東大探偵部とは、第二次大戦中の大学内における極秘内偵組織を起源とする、現役学生による私立探偵組織である。構成員15名は皆それぞれの学部でトップを争う天才たちであり、取り分け現部長の法学部4年、神崎薫は入学前に司法試験に合格したほどの大天才である。彼らのような日本の若き天才集団が、複雑な事情を持つ内部調査や怪事件の私的捜査にはどうしても必要であった。そしてこの日の暮れ方、探偵部員たちに一斉招集のメールが極秘裏に送信されたのである。

東大探偵部、集結せよ!

招集を受けて部員たちが集った文学部3号館811号室では、丁々発止の議論が巻き起こっていた。中には事件を聞きつけた直後から教室を飛び出して議論していた部員も数名いた。ただ一人、部長の神崎のみ到着が遅れていたが、部員たちは神崎を待たずに互いの推理内容を突き合わせていた。

ここで積み上げられた議論の道筋は、枝葉末節を取り除くと、おおよそ次のようなものである。K女史はそもそも入学前から全国模試1桁台の常連であり、教室でも哲学や思想について教授と議論を戦わせていた賢女であった。彼女ほどの才色兼備の女性の頭蓋骨の内奥には、本来であれば統計学や確率論に関する重大な書物、あるいはニーチェやハイデガーといった知の巨人たちの哲学原書が収まっているはずであり、スイーツだの肌色雑誌だのが飛び散ったのは明らかに奇怪である。うむ、恐らく彼女のあまりの才気煥発ぶりに嫉妬した人間が、彼女を貶めるために仕組んだ殺人事件であろう。ああ、そして脳から飛び散った『四庫全書総目提要』や『三教指帰』などを、卑俗な物体にすり替えたのだ。では一体この犯人の容疑者としていかなる人物像が浮かび上がるか、最新の犯罪心理学がもたらす知見によると……

ここまで議論が進捗した時、まるで突風でも吹いたかのように部室のドアが猛然と開け放たれ、廊下から神崎が姿を現した。そして次のような驚天動地の結論を言い放ったのである。

本件に事件性なし!

探偵部員たちは一瞬、唖然として神崎の言葉を頭の中でリフレインしていた。そして次の瞬間には、怒涛のように各々が疑義をただし始めた。部長、それは一体どういうことです?この件に何らかの悪意が働いていないなんて考えられない!中には神崎の結論と事件の様相のあまりの乖離に混乱し、その場に崩れ落ちる者までいた。

静まれぇーい!

神崎の大喝一声、部室からは暗闇の中ただ一つの灯火がふっと消え去るかのように、急激に雑音が引いていった。神崎が部員全員と視線を合わせるかのように、黙って部室を見渡す。部員の一人が唾を飲み込む音が、妙に大きく鳴り響いた。

神崎の説明した内容は次のようなものである。

俺はこの件に関し情報を受け取った直後、教室で隣に座って寝ぼけながら民法講義を受けていた学生があくびを終えるか終えないかのうちに、既にこの結論へと到達していたのだ。この件は俺に言わせれば、全くごく自然で当然の現象に過ぎぬ。東大だろうがなんだろうが、人間など所詮は大同小異。十把一絡げに類型化可能な矮小な存在なのだ。美貌、単にその凡俗の精神が少しばかり均整の取れた皮を被っているだけ。東大生、言い換えるならいくらか幸運に恵まれ勉学を苦痛と認識せず育った、抜け目のない負けず嫌いといったところか。ましてミスキャンパス、貴重な体験をする良い機会だからとか、紋切型のエクスキューズをかざしてヌケヌケと壇上に上がる、ただの目立ちたがり屋ではないか。であるからして、そんな俗人のチェックリストを尽く埋めてみせる、スノビズムの権化とでも呼ぶべき人間が脳の中身を開帳して見せたところで、出てくるのはせいぜいがブランド物のバッグだとか、そんなところなのだ。

俺は別に今回頭蓋骨の中身をぶち撒けた人間が特別低俗だったと言うのではない。人間など身分の貴賤や聖人俗人の区別なく、蓋を開けて底を凝視すれば中身はそんなものなのだ。試みにその辺の東大男子をつかまえて、ひょいと通りがかりのトラックの面前にでも投げてみるがいい。まず間違いなくその頭蓋骨からはコンドームだとかAppleの最新機種だとかが飛び出てくるに決まっている。おまえらが次に見るカラスの色が黒である確率と同じくらい、それは確定的だ。そしてここにいる探偵部員がこの3号館から身を投げても同じ結果になるだろう。そういうわけで、今回の件は殺人などではなく、ただの平凡な交通事故に過ぎん。

ここまで神崎の説明を受けたところで、探偵部員たちは皆脱帽し、彼の明解なる論理に感服した様子であった。探偵部に神崎が入って以来の過去3年間、その推理が的を外れていたことは一度もなかった。であるから、部員たちは彼らの長に全幅の信頼を寄せているのである。

事件が解決したのはいいが、すっかり手持ち無沙汰になった部員たちは、これからどうしようかという話題に移っていった。そこで神崎が言うには、テトリスでもしているのがいいだろう。総長も緊急招集をかけた手前、あっさり事件性なしと報告されても面子が潰れる。今日は閉館時間まで探偵部でテトリス大会を開くのだ。こういう時間を潰して興じるゲームは、思いの外盛り上がるものだ、と言うなり、廊下の奥からゲーム機の入った紙袋を取り出した。彼一人到着が遅れていたのは、こうなることを見越してテトリスを他のサークルからかき集めていたからなのだった。部員たちは神崎の先見に再び感心した。

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投稿日時: 2018/11/25 ― 最終更新: 2019/02/09
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