東京立ち読み師伝、あるいは私が世界にキレた頃

2021/01/20 ・ 雑記 ・ By 秋山俊

学校を退学する人間というのは、元気に授業中挙手をして、みんなで弁当を食べていたその翌日に、出し抜けに退学を決意するのではなくて、その前段階として不登校 -> 退学、というステップを踏む。私が高校を退学したときもそうだった。まず学校に通うふりをして通わなくなった。21世紀はまだ始まって間もなかった。

いきなり通学先を失った学生は、かなり手持ちぶさたになる。会社を突然クビになった経験のある人なら分かってくれるかもしれない。とにかくアテがない。学校へ行くフリをしているので、まさか家に帰るわけにいかない。かといって学校にも行けない。つまり金なし・家なし・寄る辺なしである。

朝早くから青空の下に放り出されたときの、あのワクワク感は半端ではない。「なんということだ。オレはこれから8時間くらい自由なのだ」。しかし同時に時間があり過ぎて始末に困る。十代の時間感覚だと、8時間はかなり長い。「これから時間をツブさねばならない」という独特の感覚は、“サボり”特有のもので、日常生活ではほぼ味わえない。

落ち着こう。ひとまず落ち着こう。そう考えて私は御茶ノ水でおもむろに電車を降り、吉野家で牛丼を食った。当時の私はらんぷ亭派だったが、そんなことどうでもいいくらい牛丼をがむしゃらに食った。ゲームセンターのゲームはかなり得意だが、そうは言っても、ずっと遊んでいられる金はない。

店を出た。あてどなく歩いた。ふらふらして、電車に乗っていたら結局、渋谷の東急百貨店に着いてしまった。そこの大型書店でなんとなく本を立ち読みしていたら、本屋に並べられている、自分と縁のなさそうな新刊の数々が結構面白いのだということに気づいた。これは新発見だった。その頃の私は金はないし、せいぜいマンガを買うのが限界だったから、本屋に行って新書なんかを買う習慣は全然なかった。活字は家に置いてあった芥川や星新一などを読むのが中心で、それはとっくに読み終わっていて、まだそこまで本を読む人間ではなかったのだ。

本をとりあえず立ち読みした。読み終わった。何冊か読んだ。内容が軽い本はすぐ読み終わるのだと気づいた。逆にアカデミックな内容だと読むのにかなり時間がかかる。立ち読みだと足が疲れるから、1時間くらいで大体読める本を探すべきである。

足が疲れたらゲームセンターへ行き、50円で『メタルスラッグ 3』を1時間くらいかけて遊ぶ。『式神の城』もビット稼ぎでタイムオーバーまで粘ればALLに40分くらいかかったと思う。『バーチャファイター 4』は夜に新宿スポランや渋谷SEGAなどの「聖地」へ赴かないと、まともな対戦相手がいなかったから、あまりできなかった。それに金がかかり過ぎた。

こうして私は書店から書店へ、ジプシーのように流浪しながら本を無銭読了しまくり、足が疲れたらゲーセンの椅子に座り、腹が減ったら家からくすねてきた缶詰を食う、という都会の不登校児としてのサバイバル術を身に着けていった。図書館へ行ってもよかったかもしれないが、駅やゲーセンから遠かったし、本屋で新刊をただで読み切りまくるという犯罪めいた行為――合法的万引――が、私の本能を怪しく揺さぶった。レールを外れたからには、あらゆる行為は反抗でなければならなかった。

私は日々、本を何冊も読んだ。バキバキに読んだ。ある意味で私は、学校で寝ぼけながら世界史の授業を受けている同級生たちよりも勤勉であった。立ち読みという厳しい環境に耐えながら読むうちに、自然と、無駄のない最速の読書術が身についた。立ち読みの利点は、自然と発揮される集中力。これである。立ち読みはその場限りの読書だから、内容を覚えておこうと記憶力も良くなって、いいことづくめだった。

本はなんでも読んだ。どうでもいいハウツー本から、不動産の本、中にはヒモをしている男の話まであった。私の読書技術の多くがこの時期に開発された。立ち読み術を発展進化させた私は、立ち読み途中の本にしおりを挟んでおいて、翌日同じ書店で続きを読むという図々しさまで発揮した。立ち読み中は無理に同じ棚の前に立っている必要はない。最終的に本をちゃんと戻せばいいのだ。読みながら立ち方を変えつつストレッチ。

書店にいる限り、あらゆる本は読み放題なので、面白くなさそうな本はすぐ棚に戻して、次々に本をとっかえひっかえしながら貪るように読みまくった。その空間に飽きたら、次の大型書店に気ままに移動する。東京中の本が読み放題。ビブリオ共産党宣言。

しかし私は、単に本を立ち読みするだけではなかった。本屋に長く居座る守護者として、本棚が乱れていると我慢ならない。書の秩序を護らねばならぬ。本を片手で読みながら、こぶしで棚の凹凸をバコバコ直していき、配置が間違っていればちゃんと挿し直す。「どうやらオレは本屋の妖精らしいぞ!」。

ある日、いつものように本を猛然と立ち読みしていたら、知らないおっさんに話しかけられた。

「きみ、熱心に読んでるな。最近の子は本を読まないから、珍しいなぁ」

無銭読了をしていたら褒められた。

邁進せよ。さらなる大悪事をなさねばならぬ。

(未完)

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初版:2021/01/20 ―― 改訂: 2021/08/24

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