「悪は易し、善は難し」、あるいは猫型ロボットに学ぶカウンター善意

2020/09/12 ・ 雑記 ・ By 秋山俊

昼に常磐線で上野駅へ向かいながら、ふと考えた――「悪は易し、善は難し」

悪はイージー。悪を成すことなど、握り飯を作るより簡単だ。何故なら悪事は誤解されることがないからだ。

たとえば君の目の前に今、なんだか知らないが無性に気に入らない男がいたとする。君はそいつの背後まで走っていって、背中に飛び蹴りをかます。

こんな悪は、疑いなく成就してしまう。何故なら君の悪の意思は、男の背中に走る激痛と屈辱、スーツに押印された足型により、100%不足なく男に伝達されるからだ。悪を成したい者が悪の意図をそのまま伝え、また被害者にもその悪意が明白に読み取れるから、ここに一切のソゴは生じない。

こうして「相手に苦痛と屈辱を与え、そいつの1日を台無しにしてやりたい」という悪は、アッサリと成されてしまった。

ところが善行、こいつはディフィカルト。善はいつでも行為者の期待を裏切る。下手くそな善は、抜身の刃みたいに周囲を傷つける。

「それはこうなってるんですよ」と教えれば「バカにすんな!」と怒鳴られ、「ぜひ召し上がってください」とご馳走すれば「不味い飯を無理やり食わされた」と見下され、「お美しいですね」と褒めれば「ケダモノ!」と誤解される。

ことほどさように、善意はたやすく悪意に翻訳される。むしろ善意が善意として流通する方が少ないくらいだ。私は、世の中の善意の半分以上は悪意として伝播していると思っている。

善を成すのはそれほど難しい。善は、れっきとした技術として成される。

だから人の世は、どこも純粋悪意と翻訳悪意がうずまく地獄であり、いつも疑心暗鬼で、素朴な善まで誤解され、善がバカらしくなり、少女は嘘を吐き青年は非行に走る。母親は「おまえのため!おまえのため!」と絶叫して道を譲ろうとしながら、子供のスネを蹴飛ばしていることに一向に気づかず、子供は「何すんだ、クソババァ!」と反撃に出る。そのことに衝撃を受けた母親は思わず叫ぶ――「うちの子がグレた!」

善行を好む人は、「善くしてやってるから、相手は感謝一本槍だろう」などとナイーブに自惚れるべきではない。人は善意という大義を借りれば、相手をいとも簡単になで殺してしまうものである。実際、過剰なほど奉仕活動に精を出す人は、周囲から「はた迷惑」と思われているケースが多々ある。

人が身につけるべき善の技術について、我々はあの国民的カリカチュアから学ばねばならない。その戯画の名を『ドラえもん』と呼ぶ。『ドラえもん』には、善のエッセンスが詰まっている。

善行は『ドラえもん』に学べ

この戯画を注意深く読んでいると、周囲の人間はいつもドラえもんに感謝ばかりしており、あれだけ善行をばら撒いておきながら、ドラえもんが逆恨みされることはほとんどない、という驚異的な事実に気がつくだろう(道具の使い方を誤ってヘマをこくのは使用者の知恵の問題なので、猫型ロボットに非はない)。

なぜ、ドラえもんの善意は善意としてそのまま伝わるのか?彼の用いる極意を端的に説明しているのが、以下の図である。

ここで「困っているときや苦しんでいるとき」に「僕を助けてくれる」というディテールに着目していただきたい。ここに千鈞の重みがあるのだから。

つまりドラえもんの善の基本戦術として、彼は自分から能動的に善を施し、のび太を改良しようとはしないのである。

ドラえもんは、あえて待つ。のび太が悔し涙で道を濡らして帰宅するまで。そして彼の喉から「助けて、ドラえも~ん!」という悲痛の叫びが絞り出されたとき、満を持して解決策を授けるのである。

これなら善意が誤解されることも、余計なお世話になることもめったに無い。助けと共になされる忠告は五臓六腑に染み渡る。そしてのび太は「君は何故そんなに良いヤツなのか」とむせび泣き、存分に感謝する。私はこのような善の技術を「カウンター善意」と呼んでいる。

もしドラえもんが頼まれる前から人々に道具を貸せばどうなるか。のび太にはお節介な機能不全ロボット扱いされ、ジャイアンには逆恨みから公園に吊るされ、スネ夫には道具を質屋に売り飛ばされ、源静香と出木杉のデートのアッシーとして駆り出される――それが子供たちの冷酷なる正直さである。

現実に応用すれば、人に請われてから助言などを与えればいいのであり、頼まれる前からお節介をばら撒けば、かえって縁も尊敬も失うということになる。

所構わず善意を振りまこうとする人間など、善意の早漏をもよおしているに過ぎない。それに対し、ドラえもんの手並みの鮮やかなこと。22世紀から舞い降りた叡智の結晶。同種の知恵は、古代中国の文献中にも繰り返し出現する。129.3cmのボディにビルトインされた、万古不易の善行プログラム。

我々はドラえもんから、善行の何たるかを学ぶべきだ。親切をしたいときは、ドラえもんを思い出すべし。

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投稿: 2020/09/12 ― 更新: 2020/09/17
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