田中慎弥の芥川賞受賞会見

2020/08/09 ・ 雑記 ・ By 秋山俊

私は当時も現在も、芥川賞での田中慎弥の会見を、彼の演じた一世一代の芸術であり傑作だと思っているのだけど、YouTubeの評価数で7000:4000という評価割合になっているところを見ると、この件にお怒りの方というのはやはり多いらしい。

私は、この会見は彼の「芸術」であり、同時に世俗的な儀礼のくだらなさに対する「批判」であり、芥川賞をとった途端に騒ぎ出す世間に対する「怒り」(あるいは「呆れ」)でもあると思う。そして彼が「天然」であるというのも、恐らく同時に真実なのだろう。

文筆家や芸術家がこういった会見の場で「今日の私があるのも、皆様のおかげで……」のような紋切り型の会見をしたら台無しだと思っている。なぜなら紋切り型をどこまでも嫌うというのが、芸術を生業とする人間の使命だからであって、もし芸術家が、いざというときに紋切り型に陥るのであれば、その人は紙上で芸術を演じているだけの「ただの人」であることが暴露されてしまい、それは大変つまらないことだと思うからである。

かといって蓮實重彦の「不機嫌会見」のように、いい歳こいた人間が反骨を演じていることが露骨なようでは失笑されてしまう。その点、田中慎弥の会見の仕方は、こういう紋切り型の塊のような通俗の場を巧みに茶化していて、私は会見を見ながら爆笑した。

夏目漱石が『草枕』に記したところによれば、芸術家というのは常に「非人情の境地」で、自らが放り込まれた状況を第三者的に見て、そこに芸術を見出す生き物であるべきだという。田中慎弥は芥川賞受賞という「私事」を「他人事」に変じて、会見をお笑いに変えた。

「一言お願いします」と言われて「ありがとうございました」と「一言」で終えたのは取り分け傑作である。

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投稿: 2020/08/09 ― 更新: 2020/08/10
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