なぜ謝罪はトンチンカンになるのか

2020/08/03 ・ 雑記 ・ By 秋山俊

謝罪を受ける側は「相手が過ちを犯したことを誠意を持って謝罪し、そうなった理由を1から10まで説明して欲しい」と考えている。

一方で謝罪する側は「この難局を最小の被害で乗り切れる説明の仕方は何か」を考えることに全力を注いでいる。つまり謝罪することが目的ではなく逃げ切ることが目的であり、謝罪に擬態した自己弁護に傾く。

このように両者の目指すところが根本的に食い違っている。また謝罪側は基本的にパニック状態に陥っており、自分を客観視できなくなっている。こうした複合的な要因により、謝罪内容はトンチンカンになりやすい。

謝罪する側は「私がそれほど非難されるべきでない理由」を延々と話している。謝罪を受ける側は謝罪されても「求めていることはそれじゃない」となる。「逃げ切りたい」という魂胆があまりにもミエミエの場合、謝罪会見(動画)がガソリンとなって、さらに激しく燃え上がることすらある。

謝罪する側に本気で罪の意識があり、自責の念が強い場合は、そこまでおかしな説明にはなりにくい。何故ならこの時、謝罪する側の目的は正しく謝罪することであり、相手と目指すところが一致するからである。

(ヘッダー画像:Paul Cezanne, Nature morte au crâne)

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初版:2020/08/03 ―― 改訂: 2021/08/25

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