VF4時代の調布KKサラ

2020/08/09 ・ eスポーツ ・ By 秋山俊

格ゲーが動画研究される時代

高校時代にVF4に全財産をつぎ込んでいて、それでも金は無かったから、当時ネットの普及とともに流行り始めていた対戦動画というのをしこたま見ていた。

これは革命的であった。それまでゲーセンの対戦というのは現場に行かなければほとんど見れず、対戦研究は地方色が濃く出たのだが、対戦動画の流通により情報が全国で共有されるようになった。wikiが普及し情報があっという間に共有される今日の「ネット時代の格ゲー」の始まりであったと思う(とは言え、2001年頃はまだネットの普及率も低かった)。

で、私は金がない代わりに他人の動画を本当にアホみたいにリピート再生して研究しまくっていたから、有名人に対する勝率は悪くなかったのである。

しかし、どうにも苦手なのが二人いた。「キャサ夫」と「調布KKサラ」であった。

調布の暴力バーチャ

特にVF4における調布KKサラ(ラウ使い)のスタイルは人外的と有名で、大須アキラはバトン形式のブログにて「範馬勇次郎のような暴力バーチャ」と評していた。

この評価は言い得ていた。調布のラウはなぜかジャンケンで正面から殴り殺してくるのである。

複合入力による「ズル」ではない。というか調布は入力がヘタなことで有名で、ラウの斜上コンボができないことをよくネタにされていた。しかし、だからこそ「ジャンケンで殴り殺す」という、バーチャというゲームにおける究極の戦術を実行していることに真実味を持たせてもいた。

不器用なはずなのに、読み合いだけが異常に強く、野生の勘で勝っている――これが当時の調布のイメージだったように思う。

これに加えて、有名人の中でも飛び抜けて倫理観の欠如した彼の振る舞いが、この伝説に拍車をかけた。VF4から始まったカードシステムを金儲けに利用し、幻珠の売買などを臆面もなく請け負う彼の姿は、まさにチンピラであり、その悪行はVF4BBSに轟いていた。

しかしこのチンピラぶりも、やはり彼の「暴力バーチャ」という伝説を強める一因だったのだ。

調布のバーチャとは何だったのか

先に書いておくと、別に私は彼の当時のプレイスタイルを解明できたとは全く思ってない。しかし久々に対戦動画を見返していたら気づいたことを書こうと思う。

私は彼のバーチャが当時、なんだかデタラメのように感じていたのに、今見返すと、実に合理的に動いているように見えるのだ。取り分け、逆二択に使う技の選択肢が常に理想的。カウンターヒットを食らった途端、一点の迷いもなく最速で飛んでくる青天のごときオアァー。

しかし時には最速逆二択を優先してか、KKみたいな単なるボタン連打技を迷わず使ったりもしている。これが調布イズム。PPP2Kなんかもそうだが、こういうレバガチャ初心者しか振り回さないような「手近にある技の現場力」でもって、絵面に構わず、相手の生命だけはとにかく終わらせてしまう。

そのため「パッと見はデタラメだが実戦上は合理的」となっている(とは言え、リスク・リターンの合わない派生技の二択をあれだけバンバン当ててるのはナゾ)。

さらにVF4のラウには、相手のしゃがパンをすかしながら手痛いコンボに繋げられる技など、ごちゃった状況に強い暴れ技が揃っているが、これを的確に繰り出しているように見える(特に飛び蹴りと1P+Kの使い所が上手い)。

VF5は全然やってないのでそっちは語れないが、VF4というのは逆二択ゲーであり、実は逆二択で最大の選択肢を取れるだけで、称号持ちくらいには届いてしまうゲームであった。

**(とは言え、当時は環境は未成熟であり、そんなことができるのは一部の上級者だけだった。逆二択が強力な選択肢となる背景には、最速行動が考えているほど簡単ではなく、実戦上では仮に読み敗けていても、出遅れた相手の行動に技がカウンターヒットするケースも多々ある、という現実がある)**

調布のプレイスタイルの秘密、それは「最速で繰り出される、的確もしくは合理的な逆二択」にあったのではないか。机上の合理ではなく、現場における「非合理という合理」を理解していたのが彼の実戦力ではないか、というのが、今日の私のメチャクチャ雑な考察(雑すぎるので、あまり真に受けないように)。調布はチンピラめいた適当プレイに見せかけて、実は緻密に考え抜かれた合理的なバーチャをしていたのではないか。

当時の私は彼の秘密がわからず、彼の書いていたブログまで全部読んでいたのだが、そこで「マスク・ド・ヒジテツに『調布は天才だから……』と言われてキレた」という記述があったのを、今でもよく覚えている。なぜキレたのかというと、調布に言わせれば自分は天才などではなく、その実力は膨大な努力と研究に支えられている。それを「天才」の一言で片付けるのは無礼である……といった内容だったと記憶している。

当時の私は、それでも調布のスタイルをよく理解できなかったのだが、今なら彼の言葉が分かるような気がする。

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投稿: 2020/08/09 ― 更新: 2020/09/01
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