2021年8月9日 / 緑のたぬき

2021/08/10 ・ 日記 ・ By 秋山俊

「緑のたぬき」を食す。

あれは確か「どん兵衛」だったと思うが、子供の頃、インスタント蕎麦をはじめて食べたとき、うかつにも、カリカリのかき揚げを麺と一緒にお湯にひたしてしまった。そうして、とっておきのかき揚げをフニャフニャにしてしまい、無惨にスープの中に散乱させるという通過儀礼を経験し、私も大人になったものだ。それ以来、かき揚げは必ず後入れにしている。

ところで、世の中には「赤いきつね vs. 緑のたぬき」という党派争いが存在するそうだ。私はそのどちらにも与しない。いかにも私は併呑する。どちらも好きだから、どちらも食う。当たり前の話だ。だから私の中に「赤 vs. 緑」という対立は存在しない。そのような二元論的な応酬は、自分の中ではポケモンで終わり、20世紀最後の太陽と共に海に沈んでいった。私はどちらにも投票しない。投票しないということは、そのどちらにも一票投じることと同質である。私は争いを好まない。

また世の中には、「きのこの山 vs. たけのこの里」という終わりなき闘争もあるようだが、この争いもやはり自分の中には存在しない。どちらも食べないからだ。

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何年も前に模試を受けただけの東進ハイスクールから相変わらずハガキが届く。「高2生」向けで、宛先は「秋山俊」と「保護者様」だ。残念ながら私はもう大学すら卒業して、模試を受けたときでさえ、とっくに成人男性だったのだ。なぜ東進は私が大人であることを認めないのだろう?

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読んだ本

『散歩の収獲』赤瀬川原平

初版:2021/08/10 ―― 改訂: 2021/08/24

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