2021年8月4日 / 私にとっての三島由紀夫

2021/08/07 ・ 日記 ・ By 秋山俊

去年の三島由紀夫 死後50年を機に、また自分の中での三島熱みたいなものが再燃して、色々読み直している。私は小説より評論が好きなので、特に評論を読んでいる。『女ぎらひの弁』など、ポリコレ的に完全にアウトだが、毒舌が酷すぎて面白く、二度読み返す。自分の読者の半数くらいが女性にも関わらずこれを発表するクソ度胸というか、自信過剰というか、やけっぱちというか。

大体私は女ぎらいというよりも、古い頭で、「女子供はとるに足らぬ」と思っているにすぎない。女性は劣等であり、私は馬鹿でない女(もちろん利口馬鹿を含む)にはめったに会ったことがない。事実また私は女性を怖れているが、男でも私がもっとも怖れるのは馬鹿な男である。まことに馬鹿ほど怖いものはない。

三島由紀夫『女ぎらひの弁』

この人の性格は元来生真面目なのだが、毒舌やブラックジョークを飛ばしているときの方が筆が乗っており、だからこそ『不道徳教育講座』が現代でも売れ続けているのだと思う。私は未だにこの人が純文学作家なのか大衆作家なのか知らない。

現在日本では「東京オリンピック2020」が開かれているが、三島は1964年の東京オリンピックについても複数の記事を残している。

(…) 今日の快晴の開会式を見て、私の感じた率直なところは
「やっぱりこれをやってよかった。これをやらなかったら日本人は病気になる」
ということだった。思いつめ、はりつめて、長年これを一つのシコリにして心に抱え、ついに赤心は天をも動かし、昨日までの雨天にかわる絶好の秋日和に開会式がひらかれる。これでようやく日本人の胸のうちから、オリンピックという長年鬱積していた観念が、見事に解放された。

三島由紀夫『東洋と西洋を結ぶ火――開会式』

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自分の中で三島は特別なポジションを占める作家で、私という人間を形成する上でも少なからぬ影響を受けている。

三島由紀夫(1925-1970)

日本の国土が生み出した近代最高の知性であり、近代の総決算的人物であり、近代日本そのものを象徴する存在と言っていい。二元論的な思考様式など、その限界もまた近代に由来するが、総合力において三島を超越した日本人は、とんと見当たらない。

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全集は、本当は新版を揃えたいのだが、アホみたいに高いので旧版で我慢している。どうせ旧仮名なので、未収録分は図書館で読めばいいと思っている。

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『三島由紀夫 vs 東大全共闘』

去年公開された映画『三島由紀夫 vs 東大全共闘』が、配信から2ヶ月くらいでプライム会員の無料特典に来ていてずっこける。そもそもの背景や議論の内容が説明されないので、三島を知らない人には観ても面白くないかもしれない映画。ドキュメンタリーとしては貴重なので、そのうち記事を書きたい。

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『新版・三島由紀夫 ある評伝』(ジョン・ネイスン著、野口武彦訳)を読んだ。かなり優れていると思う。三島の人生に沿う形でその著作の位置付けをしていく内容はもちろん、文章が良い。原文もいいのだと思うが、翻訳の文章レベルが恐ろしく高くて、名前を隠せば日本人が書いた本だと思うだろう。内容や形式では、奥野健男の『三島由紀夫伝説』とややかぶる。他の伝記としては、『直面(ヒタメン) 三島由紀夫若き日の恋』がおすすめで、彼の人となりがかなり見えてくる。

初版:2021/08/07 ―― 改訂: 2021/08/24

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