『伊藤計劃記録 I/II』 / あるシネフィルSF作家の全集計劃

2021/01/20 ・ 書籍 ・ By 秋山俊
伊藤計劃『伊藤計劃記録 I』

2009年に夭折したSF作家、伊藤計劃の運営していたBlog記事を集成したもの。彼の代表作は『虐殺器官』『ハーモニー』など。Blogは現在でもはてなで読める。

内容はほぼ「映画と近況」で占められている。その映画評だが、ハッキリ言って、日本で活躍しているどの映画ライターも及ばないほど優れている。デジタル世代の語彙プールとメタファーを駆使した先鋭的な表現はもちろんだが、評論内容に関しても、作品の根底にある問いかけや、シネマの欲望を深くえぐっている。凡百の評論家がたとえ100年映画を観続けても、これほどの境地には達することができないだろうと思わせるほどだ。

伊藤計劃の映画評のあまりの鋭さは、巷にあふれる言説の「至らなさ・甘さ・恥ずかしさ」を暴いてしまう。

なにを書けばいいか分からないライターが書く、映画を単なる教訓話として回収する言説、あるいはタランティーノの映画愛がどうたらとか、あるいはカメラマンや関連作品のうんちく――。そういった表層的な議論や、解釈に失敗したことを誤魔化すための、うろんな紋切り型の賛辞、オタクのペダントリーなんかが、論のための論に過ぎないことを痛感させられ、がらんどうの議論の全てを便所に流してしまいたい激情に駆られる。偽りの議論は、伊藤の言葉の前では全て虚しい。

映画とは何なのか。映画を生きるとはどういうことなのか。それを知るには、伊藤計劃に学ぶべきだ。彼の死によって、実に、我々は未来あるSF作家と、偉大なる映画評論家を同時に喪ってしまったのである。

なお彼がはてなの前に運営していたWebサイトの映画時評も、『Running Pictures―伊藤計劃映画時評集』として書籍化されている。映画評としては、こっちの方がまとまっておりオススメである。

要するに伊藤計劃は、光の速さで「全集」を出してしまったわけだが、『伊藤計劃記録』は実は全Blog記事を半分程度しか収録していない。どういった基準で記事を選定したのかは不明だが、ネットで読めるものをわざわざ紙媒体で入手したのだから、全て網羅するくらいでなければ価値が半減だ。まあ「たかが個人Blog」を全4冊セットにしては、さすがに売れないと思ったのかもしれない。だが、伊藤計劃の卓抜な映画評は、なんとしても、余すことなく収録するだけの価値はあった。

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投稿: 2021/01/20
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