『六〇年代ゴダール―神話と現場』 / ゴダールの超資料集

2020/08/27 ・ 書籍 ・ By 秋山俊
アラン・ベルガラ(著)奥村 昭夫 (訳)『六〇年代ゴダール―神話と現場』筑摩書房, 2012年

価格が一万円以上するし、辞書かと思うほど分厚くてデカイので、映画好きの友人を自宅に呼んでビビらせる(そしてヤバめの映画オタク認定されて二度とやってこない)には十分なインパクトがある。

この本は『勝手にしやがれ』から『ウィークエンド』までの、ゴダールの商業映画第一期の各作品を、詳細に調査・取材したものである。1つ1つの作品を順番に、凄まじい文字数で、この世に存在する証言や証拠はすべて載せるかのような勢いで網羅してある。

『六〇年代ゴダール―神話と現場』

たとえば『勝手にしやがれ』だが、撮影前の状況から当時の関係者の証言はもちろん、なんと新聞記事を元にトリュフォーが書いた第一の脚本、ゴダールが書いた第二の脚本(最終バージョンではない)まで載せてあるのだ。当時、電車賃すら不足した限界ギリギリのゴダール――まだヌーヴェル・ヴァーグの旗手でもなければ、カイエ・デュ・シネマの筆頭でもなかった――の赤裸々な実態について、実に事細かに綴ってある。

ゴダールはこの映画を撮っていたとき、地下鉄の切符を買う金ももっておらず、自分が撮っている登場人物と同じくらい――本当はそれ以上に――一文無しだったのであり、私が思うに、かりにミシェル・ポワカールの生命が賭けられていたとすれば、ジャン=リュック・ゴダールの存在理由もまた賭けられていたのである

『六〇年代ゴダール―神話と現場』

そして「山田宏一『ゴダール、わがアンナ・カリーナ時代』 / 即興という神話」の方でもアンナ・カリーナが即興を否定していたように、『六〇年代ゴダール』の中でも、広く流布している「ゴダールは全部即興で映画を撮っている」という神話を否定している。

ゴダールの映画はすでに全面的に――場面から場面への展開の点だけでなく、リュシアンとボガートの対面のような、きわめて明確なディテールの点でも――、このシナリオのなかにきちんとおさまっている。[…]パリの界隈のいくつかの場所もまた(カフェの名までもが)、シナリオ上の機能を果たすものとしてよりはむしろ自伝的要素をなすものとして、きわめて明確に特定されている。

『六〇年代ゴダール―神話と現場』

ゴダールは『勝手にしやがれ』では実際には、俳優に少しも即興的演技をさせていない。かれらの台詞は書かれていたのである。

『六〇年代ゴダール―神話と現場』

「即興」という言葉には、多分に誤解が含まれている。ゴダールの「即興」とは、何も考えずに現場へ行って、天啓に従い好き勝手な画を撮ることではなく、状況に応じての変化するための余白を残した上で撮影に臨む「臨機応変」としての「即興」なのである。したがって「『勝手にしやがれ』は一切のプロットを用いず、すべて即興で撮った」などというのは、完全な都市伝説である。

以下は、シナリオとロケに関するゴダールの述懐である。

ジャン=リュック・ゴダール

不思議でならないのは、シナリオを書きあげたあとでロケハンをするなどということがどうしてできるのかということだ。まず最初に舞台背景を考えるべきなんだ。

どうすればいいかわかっていれば、一日に十カットほどは撮れるはずだ、ただし、撮るべきものをずっと前から決めておくんじゃなくて、撮る直前に見つけるようにしよう。これは即興演出なんかじゃない。最後の瞬間につくりあげるということだ。

ゴダールの発言
『六〇年代ゴダール―神話と現場』

ゴダールは追い詰められていた、そして彼は跳んだ

次第に話は、『勝手にしやがれ』を伝説的な作品にした最も重要な要素である、ジャンプカット――当時は「つなぎ間違い」と揶揄された――の誕生秘話に移る。撮影を終えたゴダールのフィルムはあまりにも長すぎ、2時間15分から30分ほどにもなったというが、契約上の理由で1時間30分未満に編集せねばならなかった。

彼は編集嬢と一緒にすべてのカットを検討し、《リズムはくずすまいとしながら、切り取れるところはひとつももらさず切り取ってゆく》ことにする。[…]《一方のカットともう一方のカットをほんの少しずつ縮め、二人のそれぞれの短いカットをつないでゆくよりはむしろ、二人のどちらかのカットをすべて削除することによって一挙に四分間短縮しよう[、ついで残ったカットを、あたかもワンカットであるかのように次々につないでゆこう]というわけです。そしてベルモンドとバーグのどっちを残すかはくじ引きで決めることにし、セバーグが残ったというわけです》。

『六〇年代ゴダール―神話と現場』

つまりジャンプカットとは、最初からその表現的価値を認識された上で、あらかじめ計画されたものではなく、ギリギリまで追い詰められた末に繰り出されたゴダールの曲芸だったのである。人は追い詰められると人智を超えた芸術を作ってしまうのである。

最後に書いておくと、辞書のような分厚い本にたじろぐかもしれないが、この本、実に読みやすい。当時のルポタージュとしてスラスラ読める文章になっている。私は原文は読んでいないが、おそらく翻訳が優れているのだろう。とても素直で読みやすい文章なのだ。

60年代のゴダール作品を繰り返し鑑賞している人が、手に入る限りのあらゆる背景や裏話を仕入れるための本として、本書は最高の一冊と言える。

オススメ度:8/10

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投稿: 2020/08/27 ― 更新: 2020/09/17
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