升田幸三『勝負』 / 升田の語りの身体感覚

升田幸三『勝負』

升田幸三が豪傑だというのは真実なのだけれども、升田幸三が人智を超えた大豪傑だというのは、いささか誇張が入っているのであって、しかし升田は自身をいつもそのように語るのである。

だから、私は升田が好きだし、彼は言葉の妙というものを捉えた哲人であるとも思っていても、あたかも己を神話の英雄かのように吹かしてしまう彼の半生語りは反応に困る。

NHK『あの人に会いたい』

そんなわけで、この本の最初の自伝部分も、いつもの升田先生でござんす、とサラっと流しておいて、第二章以降の随筆に進むのが良いのである。『勝負』は升田幸三の随筆集である。

ハッタリという部分でもう少し話を進めると、生前の喋っている升田の映像を観ても、彼はもう無意識に自分の話を盛る“演出癖”があったと思われるが、自伝以外の部分ではその話術がプラスに働いて、話をたっぷりユーモラスにしているところがある。

父が亡くなったとき、帰ってくれと言われたが、これも帰れなかった。そのとき(相手の)塚田(正夫)くんが「しょうがないじゃないか」「死ぬものは死ぬ」と。それが頭にきまして「もうゆるめてやらん」と……めちゃくちゃに勝ったんですが。

これを語る升田のいたずらっぽい笑顔が最高である。

NHK『あの人に会いたい』

升田の将棋を目の前で観て、観戦記を残した坂口安吾は次のように評している。

升田は相当以上のハッタリ屋だ。それを見て、升田の将棋もハッタリだと思うのが、間違いの元である。

坂口安吾『将棋の鬼』

『勝負』の中でも、第一章で升田はハッタリ屋だと思っていると、その後は全然ハッタリでないので意表を突かれた気分になる。

第二章以降は、意外にも素朴というか、実直というか、升田の積み上げてきた人生哲学や思考法が書かれていて、フツーに面白いしタメになる。口述筆記したかのような口語体の語り方だが、こんなに言葉を豊かに動かせる人は滅多にいない。彼の言葉には、現代的な机上の文章と違い、土を素足で踏みながら語っているような身体感覚がある。

次の文章は、彼の、真剣の中にユーモアを見出すバランス感覚そのものを言い表していると言えるだろう。

ぼくは、いくら名文を書いたといっても、読んでツヤのない文、楽しみのない文を書いてもしかたがないと思う。文章のことはよくわかりませんが、読んでいてそういう気がする。[…]文章で言えば、なるほど書いている人は血へどが出るほど苦しんで書いている。が、出来上がったものに、その苦しみだけしか出ていない作品は、もひとつってものじゃありませんか。

いのちがけで書いたが、そのいのちがけのなかに遊べるという境地に達したとき、読む人にもまた楽しさが伝わる、そういうのがホンモノだろうと思います。

升田幸三『勝負』中公文庫, p.74-75

『勝負』にはこのような、生きた升田が眼前にいて、その息遣いを感じさせるような言葉が沢山詰め込まれている。

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投稿日時: 2020/07/21
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