橋本治『ロバート本』を80年代橋本治風に語る

2021/06/07 ・ 書籍 ・ By 秋山俊

橋本治っていうとサァ、今でいうと、2000年以降に出した新書とか、あるいは小林秀雄賞なんて取っちゃった『三島由紀夫とは何者だったのか』で知られる人なのかもしれないけどサ、ワタクシにいわせりゃ、あの辺はわかり易すぎますね。だって橋本治の醍醐味って“行間”を読むことだったじゃない。

この人の文章って、全部“オリジナル”なんだ。受け売りってものがないの。ほとんどの人の文章は受け売りのツギハギなのにね。それで、橋本治という“オリジナル”は、“オリジナル”な内容をわかりやすく説明してくれりゃ売れるのに、でも橋本治は“オリジナル”であるがゆえに――それはある種の“奇形”ってことなんだけどサ――説明の仕方まで“オリジナル”になっちゃうのである。そりゃそうだよね。宇宙人に「地球人の思考様式に沿って説明してください」なんて頼むのは滑稽だよ。

じゃあ橋本治の“オリジナル”はどう解釈すればいいのか?っていうと、それは“行間”に隠れているのである。彼の「橋本治語」って、ちょうど中国語みたいに、孤立語なの。孤立語ってのは、ざっくり言えば、“てにをは”がないのね。想像できる?ホント言うと屈折語もないけど。まあいいや。でも日本語は膠着語だから、“てにをは”がないと、前後の単語の関係性が分からないの。「車 轢く」って書かれてても、車が不幸なバアさん“を”轢いたのか、ミニカーが巨大トラック“に”轢かれたのかわからないでしょ?

ちょうどそれと同じで、橋本治の文章って、文と文の接続の仕方が明確でなくて、論理がポンポンジャンプするから、なんとなく分かる気がして、読んでるときは「すごいなぁ…」って思うんだけど、読み終わると、記憶喪失になったみたいにその内容を思い出せないのね。だから橋本治語を日本語に翻訳するには、“行間”を補うってことがポイントになるの。それで意味わからない文章を何度か読んで、言ってる一言一言の意味が明快になると、途端に「わかったァ!」ってなって、すっごく面白いの。

実は本来、文章を書くっていう行為は、作者自らが“行間”を埋める行為なのね。つまりサ、作者本人には前提って当然に過ぎないから、前提を飛ばして結論だけジャンプして思考してるわけじゃない?『緋色の研究』でシャーロック・ホームズがワトソンに、「なぜそういう結論になるのか説明しろ」と言われたとき「2+2が4であることは君にも分かるが、それを説明しろと言われるとちょいと手こずるだろ」って応える場面があるのよ。思考している本人って、「中間の論理」をすっ飛ばして、「結論の論理」だけ並べてるんだ。

それで文章を書く時に「中間の論理」を全部書かなくちゃいけなくて、「めんど…」ってなるんだけど、橋本治がスゴイのは、その「めんど…」の精神に忠実にしたがって、思考を思考のまま並べちゃうところですね。だから彼の文章って、文章になってないんだ。彼の脳みその中身をファクシミリで転送した思考の羅列に過ぎないの。でもそれだけに、その中身が理解できたときは「すんごぉ…」ってなるのね。つまり橋本治は自分の推理を好き放題並べるホームズで、読者はそれに喰らいついて必死に追従せんとするワトソンってわけ。

橋本治

ホントのこと言うと、橋本治って『ロバート本』の中で取り上げられている色々な題材に対して“シロート”なんだ。知識には粗が多いの。そりゃァ、クイズ大会で優勝もしてるから、単純な知識量はその辺のオッサンの比ではないけど、この本の中でも、「マニアの赤っ恥」という見出しで、完全に勘違いして独り相撲な文章を載せてしまったことを振り返ってたりもしてる。

でもんなこたぁ、大した瑕疵ではないんですね。なんてったって、彼は“オリジナル”なんだもの。彼以外の文章はみんな“オリジナル”じゃないじゃない?でも橋本治の文章は“オリジナル”というだけで、既に読む価値があるのである。メディアの時代に“オリジナル”なのって、すごいの。みんな真似っ子になっちゃってる世の中だもん。

しかも、橋本治ってなにを語るにしても、「現在それを語るのに当然の文脈」なんてもんはハナから無視して、全て“橋本治”っていうサブジャンルに当てはめて語っちゃう。だから他の人からは、批判のしようがないの。だって彼は、彼固有の言論空間と文脈を独創して、そこに一番乗りして堂々と語ってるんだもん。

念の為に『ロバート本』の紹介もしておくと、これは文学とか映画とか、なんでもかんでも好き勝手に書いた「雑文集」ね。橋本治の最高傑作なんじゃないかな(全部読んでないけど♡)。姉妹本の『デビッド 100コラム』との違いは、話題がランダムじゃないってこと。あっちはアミダクジで話題を決めたから、「これ売り物ォ?!」って状況になっているけど、『ロバート本』は普通に(?)読めるぞォ!

追伸:若き日の彼って、将棋の藤井聡太にそっくりじゃない?

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投稿: 2021/06/07 ― 更新: 2021/06/08
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